元東映の山本義司投手を知ってますか? 1961年 八回からバウアーにバトンを渡した山本(義)はさっそくベンチ横のトレーナー室にはいった。左中指の先に力投を物語るマメができている。針で穴をあけ赤チンをぬってもらった。「ほとんどストレートで勝負した。自分でも球がのびてると思った」といいながらも赤チンがしみるのか顔をしかめる。四月盲腸をやって出遅れた山本(義)は「六月になったらスパートするぞ」と計算していたそうだ。「きょうがそのスタートや」そのとおりピタリと当った自分のピッチングに満足している。もっとも一週間前多田コーチ、安藤捕手から「お前は下腹をかばって力のはいったピッチングをしておらん」とドヤされた。痛いところをつかれたわけだ。三日前から先発を水原監督にいわれ、それから外出もせず、フォームをなおすのに一生懸命。「腕が上にあがっていたでしょう。おなかをウンと張って・・・・。振りおろしたときも深く腰がはいっていなかった?」その成果を報道陣に披露?していた。「シュートもよく切れたし」と自慢していたが、水原監督をチラリとみて「これで勝たなければ怒られるよ」と小さな声を出した。「盲腸のきずあとはもうみえないよ。もうそんなことは忘れた。さあこれからバリバリかせぐぞ」と大きく背のびをするように立ち上がった。合宿では人を笑わせるので有名。食堂に若手を集めて寄席を開く。趣味のゴルフは東映一の腕前とうわさされるが「実はハンディは30。しかしいまはやめている。監督さんに怒られるからな」とほんとうに水原監督に怒られたように真顔で答え、ロッカーに向かった。