匿名さん
元東映の井上健仁投手を知ってますか? 1963年 横浜高では夏の大会前になると学校の近所にある横浜磯子区杉田の東漸寺で座禅をくむ。
きまって一番最初に悲鳴をあげるのがこの井上だ。
ふつうの人の二倍もある太いモモのためすぐしびれをきらしてしまうようだ。
中学時代(横浜市岡野中)から65㌔とひとなみはずれて大きく、一、二年は捕手、三年になってからは肩がいいからといって投手をやらされたところ、すぐエースにのしあがり、横浜市内の中学校第界で優勝してしまった。
「すごい選手があらわれた」とさっそくこの井上をめぐって横浜高、鎌倉学園、法政二高などがプロ顔負けの争奪戦を演じたが、横浜師範出身の横浜高・笹尾監督の友人が岡野中の先生だったので、横浜高進学にきまったそうだ。
笹尾監督みずから目をつけてつれてきただけに、シーズン・オフは平塚にある自分の家に下宿させ、毎日大磯の高麗山まで約10㌔をランニングで往復させて足腰を鍛えた。
高校にはいってからまだ一度も正月を家で迎えたことがない井上は「どっちが自宅かわからなくなりました。
野球だけが生きがいですからね」とサッパリしている。
初出場というのに試合前の選手控え室では帽子をあみだにかぶり、口笛をふきならすなど強豪中京商も、この不敵な男にどぎもをぬかれていた。
一度は七回杉江に右前にタイムリーを打たれて逆転されたが、九回右中間に同点のきっかけをつくる三塁打を放つなど、投打の活躍で名門中京商をひねり倒した。
キャッチャー時代の投げ方が抜けきらず、押し出すような投法だが、この井上をめぐって大毎、東映などが動き出している。
大毎は高見沢(二軍マネジャー)東映は浜田二軍コーチが予選から井上につきっきりだったという。
上野精三氏は「腰の回転もスムーズだし、ステップも小さくて上体の移動も順調だ。
腕の振りもなめらかだからピッチングそのものはムリのないフォームをしている。
だがステップした左足がかたく突っ立ってしまうので、せっかくのフォームが最後でまとまらなくなってしまう。
もっとからだ全体の力を抜いて、球をはなすポイントを前方におき、その一点に力を集中するようになれば、なおさらまとまったフォームになる」といっている。
1㍍74、70㌔。