元近鉄の香川正選手を知ってますか? 1954年 阪神入りの栄屋投手と近鉄入りの香川外野手は、今春ノンプロ球界からプロ入りした大物の双璧。四国坂出市に生まれ坂出商業から昭和十五年早大に進み、戦時特令で十七年九月卒業、直ちに軍曹に身をおいた。戦後大阪の中央ペイントに入社、十七年二月に日本生命に転籍した。早大時代ははじめ一塁手だったが、やがて外野手となり彼本来の打撃をのばし、四番打者として重きをなした。ところが戦時中でもあり、しかもそのころの早大は不振だったので、あるいは早大の香川選手としてはファンの印象は薄いかも知れぬ。しかし五尺七寸五分、十九貫の恵まれた体格と、生来の負けじ魂は彼をそのままにはしておけない。彼が最も活躍したのは二十七年日本生命に転籍した年で、大阪予選の代表決定戦では彼が投手として全鐘紡との第一戦を獲得しており、第二、三戦は失ったが全鐘紡にピックアップされ本大会では五番打者としての働きを十分はたしている。とくにこの年全鐘紡のメンバーとして第二回ノンプロ世界選手権大会に出場したときの働きはまことに目覚ましいものがあった。大リーグのサム・カルデロン捕手らをまじえたコロニアルスに対し香川選手は全五試合に左翼手として出場、十九打数、八安打、四割二分一厘の高打率で敢闘賞をうけている。二十八年は日本生命から本大会に出場したが惜しくも第一戦に優勝した大昭和に敗退した。しかしこの試合の七回、彼の二塁打をきっかけに一挙四点を獲得して大昭和を脅かした場面も忘れられない。彼は非常に重量感のある強打者常にチームの牽引車として先頭をきるファイターである。彼をボックスに迎えたときのたのもしさはなんともいいようがないほどである。そして例えどんな剛球であろうと、一度彼の胸付近に投げ込んだら、左翼方面に火をはくような弾丸ライナーを叩きとばされてしまう。もしあえていうならば、外角に流れる曲球に一段の工夫がほしいところ。いずれにせよ彼の打撃には魅力がある。これが香川選手の価値である。守備はややスタートのおそいきらいはあるが、スピードと球に対するしつような食いさがりでよくこれをカバーし、投手として経験もあるのでその強肩はいうまでもない。三十二歳の働き盛り、パ・リーグ新人王をねらう有力候補として期待されよう。球場の彼がピチピチとしていて、さぞかしファンには愛されよう。その彼はまた素人ばなれのした歌謡曲の名手だという。この方面でもまた腕をふるって愛されるのではないか。 小林政綱 日本生命監督 香川君は数多いルーキーの中で、すぐにもチームの中核として働ける有望選手の一人であろう。そのバッティングは決してうまいとはいえないどちらかといえばうえから叩きつける力のバッティングで、それだけにスピードボールにはめっぽう強い。とくにレフト方面に引っ張る打球の鋭さはプロ級だ。しかしどうしてもカーブ、とくに外角に来るカーブに弱くそれが心配だ。カーブを打ちこなせるようになったら肩は強く、脚も早いので十分に活躍できるだろう。ただパ・リーグは香川君がニガ手とする技巧派投手が多いというから、この点の研究をこれからつんでほしい。