匿名さん
元南海の野母得見投手を知ってますか? 1954年 早春二、三月、キャンプまわりをしたとき、パ・リーグでは南海、西鉄、毎日に重点をおき各地二、三泊してとくに投手陣をよく見ることにしたが、呉で南海のトレーニングを見ている間一番いそがしく見えたのは「のも・とくみ」であった。
インタビューとカメラの列、彼への関心と期待がいかに大きいかを示したものである。
九州南海の漁港山川町に生まれ、近くの川辺高校で軟式野球の投手、全山川軟式チームの主戦投手であったのを鹿児島市営チームが硬式野球を始めるとき、加入させたのだから全国的には知られざる無名投手であったが、市営チームのおめいねどおり芽を出し門鉄チームを無安打、無得点で破ったり、諸方の強チームといい試合をする。
とくに三振をとることが多いのと長打ぶりを発揮するので球通間に九州の野母あり・・とマークされるようになり一試合ごとに力がつき経験をつみ、ノンプロ球界の一流投手に近づいたとき、さっと南海が誘いの手をのばして、ものにしたのだから評判になったのである。
しかるに開幕後さっぱり出てこない。
調べてみると肩の故障だ。
どうも「ああしろ、こうしろ」「フォームがよくない、もっと数多く投げろ」とやったんではないかと思う。
大体プロ入りした新人はたださえ大いに「がんばろう、負けるものか」とはりきっているから、つい投げすぎたりムリをしがち、そこへ数多い助言や教訓を浴びて・・・疲れきるおそれがある。
これは野母のことでなくそうしたつまらぬ傾向がプロ球界にあることを指摘したいために・・・野母の故障を書くついでに振り上げてみたのである。
しかし肩がなおってみれば二十三歳、五尺七寸、十九貫余強肩左腕投手の好条件、モーションが大きいという欠点(これは徐々に是正される)はあるが、身体も柔軟(外観はがっちりしているのでかたいと見違える人もいるが)であるし、腰が強く、足が速いことからみてバネも強い。
そのうえに試合度胸もいいから南海投手陣の有力メンバーである。
十七日現在で五勝三敗、大詰戦のホープといっていいが、その投法は上手投げとスリー・クォーターをまぜ速球とするするどい落ちるカーブ(ドロップ)が武器になっている。
左投手としてのシュートも相当なものであるが、注文をつければ、内角をつく球が少ない、これはコントロールに難があるのが原因、それにスライダーをおぼえることも必要だと思う。
まだまだスピードがのると思うが、それには上体をそらすようなフォームを避けること、なんといっても「力投する場合のコントロール」を完全にすることが重要な課題、ウォーミング・アップが少なく登板できるのもいい習慣である。
野母投手の話 たしかにフォームを変えたり投げすぎたりして左ヒジを痛めましたがもうすっかりよくなりました。
私は他人から「ああしろ、こうしろ」といわれてもさほど気にしない方ですが、柚木さんなど左投手からの忠告は自信に身近なものがあるのでできるだけとり入れるようにしています。
入団以来思ったほどの成績があがらないのは初め上手投げだったフォームが自分で気がつかないうちにだんだん下がって横手投げに近くなってしまったからです。
いま昔のフォームにかえろうと一生懸命です。
中沢さんに注意されたように内角への球が少ないのはフォームがくずれてしまったので球そのものに威力がなく、内角へはこわくて投げれないのです。
またコントロールに難があって打ちごろの球になってしまうことも多いからです。
やはり私は一番自信のある上手からの速球で思いきり打者にぶつかる投法でいくようにしたいと思います。
それにはもっと球速をつけることが第一でしょう。
自分のピッチングがまだわからないのですから採点にはなんともいえませんが、投手守備がいちばん点が低いのは意外でした。
また中沢さんのいうようにスライダーも考えてみましたが、左投手のスライダーはあまり有効ではないようです。