匿名さん
元中日の菱川章選手を知ってますか? 1964年 中日入りが内定していた倉敷工・菱川章外野手(17)=1㍍83、86㌔、右投右打=は、二十一日午前十一時半岡山市上石井の自宅で養父の芳三さん(43)、倉敷工・小沢監督、中日・柴田スカウトらに立ち会ってもらい、中日入りを表明した。
中日は近く名古屋の球団事務所で正式発表する。
同選手は戦後初の混血児選手で、今夏の選抜甲子園大会に出場、その長打力は各球団から高く評価されていた。
通算打率は三割八分。
高校球界屈指の好投手といわれる下関商・池永から奪った本塁打をふくめ、ことしは3ホーマーを記録している。
夏の大会では岡山県予選二回戦で水島工に敗れた。
菱川の争奪戦には中日、南海、阪神、巨人の四球団がしのぎをけずり、一時は南海が有力視された。
菱川が鶴岡監督の人柄にほれて「南海入り」を希望したためだが、中日は柴田スカウトが芳三さんにぴったりと食いつき、連日十時間におよぶ説得と契約金の倍増で獲得に成功した。
菱川選手「一、二の球団に関しては直接、間接的に誘いがあった。
各スカウトの人と会い、話し合ったが、中日に一番誠意を感じた。
ぼくは中日がもっとも働きやすい場所だと思います。
目標は江藤さん。
退学して入団するか、卒業後中日にお世話になるかはこれから考えるつもりです」 倉敷工・小沢監督「なんのトラブルもなく中日に落ちついたことは監督としても非常にうれしい。
自分からも菱川に拍手を送りたい気持ちだ。
中日にはいる以上、日本一の選手になってほしい」 中日・柴田スカウト「今春の選抜大会で宣誓する姿を見てこれこそわれわれがさがしもとめている選手だと思った。
それからというものは菱川の表情やフォームをじっと見つめてきた。
根性のあるプレーはなににもかえがたい魅力だ。
十年、二十年にひとり出るか出ないかというすばらしいプレーヤーだ。
私は四月十二日に獲得にのり出してから名古屋にはほんの数えるほどしか帰っていない」 養父・芳三氏「一部の新聞ではいろいろととりざたされたが、本人の意思どおり中日にお世話になることにきめた。
本人にまかせたことで二重契約といった無責任な事態にならずホッとしている。
高校野球が終った十八日から家族たちと慎重に話し合ったうえで、本人の希望を受けいれたわけだ」 吉江代表「ウチにきてくれることになったと、きょう(二十一日)岡山にいる柴田君から報告があった。
素質にめぐまれた選手なのでどこまでのびるかたのしみだ。
しかしまだ高校生なので来年からすぐ期待してはかわいそうだ。
じっくり育てていきたい」