元近鉄の榎原好投手を知ってますか? 1958年 昨年の近鉄は投、攻、守にわたって低調だった。旧大映がそれ以上に不振だったので、テール・エンドだけはまぬがれたが、ただそれだけの話。賞されるべき何ものもなかった。その近鉄でしいて何かを求めるとすれば、榎原の健投であろう。武智文、黒田、伊藤といった当然働かねばならぬ投手が全部10勝を割ったなかにあって、かれが最高の12勝をマークしたのは、すでに盛りを過ぎた、むしろ返り咲きの部類に入る人だけに賞されてよい。榎原は二十五年にオリオンズが誕生したときにプロへ入ったと投手。一年目は荒巻、野村らと第一線投手となって16勝、その優勝に貢献した。しかしその後は期待されたほどには伸びず、二十六年から三十一年までの五年間に42だから一シーズン平均が8勝という成績。それで一昨年から近鉄に移籍したものの、5勝5敗でたいした期待もかけられていなかったところへ昨年の好投を見せたのである。往年の速球とドロップはもちろんカゲをひそめている。しかしピッチングの巧味はグンと出てきた。かつて力があったころの榎原はその力にまかせて立ち向かい、かえって乱打を浴びたものだが、現在は速球を要所に投げるだけ。あとはスピードを殺したドロップとシンカーの組み合わせで打者を凡打に誘っている。それだけに味方のエラーにかぎってはムキになる様子も見られず、自分のピッチングを大事に終始しているのは進歩といえる。昨年、榎原が最もよく投げたのは西鉄である。対西鉄戦の勝ち星はわずか2勝、数の上では武智文の3勝に負けているが、こと投球内容にかけては榎原がはるかに上だ。「左投手のほうが打ちやすい」という和田だけには・477とべらぼうに打たれているが、あとは榎原の圧倒的な勝利。高倉、豊田、中西、大下、関口とつづく名うての強打陣を完全にかわしている。西鉄はもともと左腕投手に弱いチーム、二、三年前までは荒巻、梶本兄、阿部に手をあげ、そして最近では小野に痛めつけられているのだが、榎原の場合は緩急で成功した荒巻、阿部と同様、外角低目に落ちるシンカーでもって、西鉄の泣きどころをついているわけだ。荒巻、阿部がすでに通用性を失ったのは変化球の合間に投げる速球がないからで、榎原だけはまだそれがあるからいじめている。おかに榎原の薬籠中となっている打者はやはり左投手にたいする左打者、旧毎日の荒川、榎本、阪急の岡本、東映の毒島ら左の好打者である。これはシンカーの効果。しかし榎原がニガ手としている打者も多い。西鉄では和田、南海では野村と岡本、毎日では山内らだ。これらはそろって一流中の一流ではあるが、インローの速球に限度があるので封じ切れないのであろう。ほかにも阪急の渡辺、中田、東映の石原といったところを持てあましている。榎原は今シーズンはみっちりトレーニングを積んだ。昨年の好成績で自信をもったのであろう。それだけにことしも期待は十分だ。昨年の成績を振りかえっても、コンディションのいいときのピッチングはすばらしい。連投とか、一日おきの登板が多かった後半戦では打たれているが、規則的に三日、あるいは四日の休養をとって投げたときは好成績を残している。ピッチングそのものからいっても、ごまかしとはいえ、まだ速い球を持っているのは大きな強味である。=対右打者被打率・312、対左打者・208