過去の夏の甲子園大会における各都道府県決勝戦において、実例で示した以外に該当する試合はあったのでしょうか? ①決勝戦再試

過去の夏の甲子園大会における各都道府県決勝戦において、実例で示した以外に該当する試合はあったのでしょうか? ①決勝戦再試

過去の夏の甲子園大会における各都道府県決勝戦において、実例で示した以外に該当する試合はあったのでしょうか? ①決勝戦再試合 ・実例 1978年「60回大会」佐賀県大会決勝 佐賀学園100012000000000000・4 小城高校010012000000000000・4「延長18回引き分け」 ②決勝戦2年連続サヨナラ負け 1980年「62回大会」北北海道大会決勝 稚内大谷000000020・2 旭川大高101000001・3 1981年「63回大会」北北海道大会決勝 稚内大谷00100010000・2 帯広工業20000000001・3 1979年「61回大会」高知県大会決勝 明徳0000000000・0 高知0000000001・1 1980年「62回大会」高知県大会決勝 明徳高校000100100・2 高知商業010000100・3 ③延長17回まで戦った決勝戦 1972年「54回大会」鹿児島県大会決勝 鹿児島商業00000000030000001・4 鹿児島商工00000000030000000・3 ④決勝戦、ノーヒットノーラン 1983年「65回大会」長崎県大会決勝 五島高校000000000・0 佐世保工10000201・・4 ・佐世保工業・香田勲男投手は死球を二つ与えただけのノーヒットノーランを記録 ⑤決勝戦、降雨コールドゲーム 1984年「66回大会」山梨県大会決勝 東海大甲府020003140×10 塩山商業・・00000100・・・1 ・9回表降雨コールドゲーム ⑥決勝戦、9回ウラ二死無走者から逆転サヨナラ 1984年「66回大会」山口県大会決勝 宇部商100010201・5 柳井高101001003・6 ・敗色濃かった柳井だったが9回ウラ二死無走者から代打が敵失で出塁すると、代打3番手の岡本卓が右翼へ同点本塁打。さらに原田が左前打、梶原も右前打。この時、梶原の打球を処理を誤った右翼手が打球を後逸する間に原田がサヨナラのホームを踏んだ。 ⑦決勝戦、延長での4点差を逆転 1986年「68回大会」福島県大会決勝 日大東北0001100004・6 学法石川0000101005・7「延長10回」 ・4点差を追う学法石川は10回裏、2本の二塁打を含む4安打で同点。さらに二死満塁から瀬谷が二塁左に適時打してサヨナラ勝ち。

有りますよ。 九州地区ですぐピンと来ました。 ④決勝戦、ノーヒットノーラン 1971年(昭和46)「第53回大会」中九州大会決勝 中津工000 000 000=0 鶴崎工500 010 20×=8 (中)尾西,植田,尾西-春日 (鶴)藤沢-木本 熊本勢が消え大分勢同士の決勝戦となり鶴崎工の大型左腕・藤沢哲也は中津工を相手にノーッヒットノーランの快挙! 念願の初出場! それ迄長年津久見や大分商の陰に隠れていたが遂に壁を破ったのだ。その津久見(同年春選抜ではV候補にも成りエース橘やトップバッター岩井がいた)を大分大会準決勝で2-0と破る。 尚,藤沢哲也は実は背番号3でファーストの番号だった。この辺が内川紀昭監督は不思議だ。背番号1は175㌢の安部だった。 せめて甲子園では藤沢にエースナンバー1を与えると思ったが・・・ 予選無失点は藤沢投手の力が多きかったこの鶴崎工は,夏の甲子園前は初出場といえ評判高かった。ところが鶴崎工業は1回戦,同じ初陣の静岡学園に1-5の敗退。2回に2点を取られると,もう藤沢を引っ込めた。 相手も強かったが初陣という事でチーム全体が大舞台の雰囲気に呑まれてた。 「津久見が出てた方が良かったんだよ」・・九州のファンはそう思った人も多かっただろう。 因みに藤沢哲也はその年のドラフトで中日じゃなかったかな・・ドラフト1位で入団。その後南海に移籍し打者転向。 ☆1973年(昭和48)夏の栃木大会で作新学院・江川卓も宇都宮東を相手にノーヒットノーラン。江川は2年夏予選でも何と3試合連続ノーヒットノーランやってるので,むしろ江川がノーヒットノーラン試合をやらない方が不思議という位,高校野球投手として平成も含め日本史上最高投手だろう。

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過去の夏の甲子園大会における各都道府県決勝戦において、実例で示した以外に該当する試合はあったのでしょうか? ①決勝戦再試

過去の夏の甲子園大会における各都道府県決勝戦において、実例で示した以外に該当する試合はあったのでしょうか? ①決勝戦再試合 ・実例 1978年「60回大会」佐賀県大会決勝 佐賀学園100012000000000000・4 小城高校010012000000000000・4「延長18回引き分け」 ②決勝戦2年連続サヨナラ負け 1980年「62回大会」北北海道大会決勝 稚内大谷000000020・2 旭川大高101000001・3 1981年「63回大会」北北海道大会決勝 稚内大谷00100010000・2 帯広工業20000000001・3 1979年「61回大会」高知県大会決勝 明徳0000000000・0 高知0000000001・1 1980年「62回大会」高知県大会決勝 明徳高校000100100・2 高知商業010000100・3 ③延長17回まで戦った決勝戦 1972年「54回大会」鹿児島県大会決勝 鹿児島商業00000000030000001・4 鹿児島商工00000000030000000・3 ④決勝戦、ノーヒットノーラン 1983年「65回大会」長崎県大会決勝 五島高校000000000・0 佐世保工10000201・・4 ・佐世保工業・香田勲男投手は死球を二つ与えただけのノーヒットノーランを記録 ⑤決勝戦、降雨コールドゲーム 1984年「66回大会」山梨県大会決勝 東海大甲府020003140×10 塩山商業・・00000100・・・1 ・9回表降雨コールドゲーム ⑥決勝戦、9回ウラ二死無走者から逆転サヨナラ 1984年「66回大会」山口県大会決勝 宇部商100010201・5 柳井高101001003・6 ・敗色濃かった柳井だったが9回ウラ二死無走者から代打が敵失で出塁すると、代打3番手の岡本卓が右翼へ同点本塁打。さらに原田が左前打、梶原も右前打。この時、梶原の打球を処理を誤った右翼手が打球を後逸する間に原田がサヨナラのホームを踏んだ。 ⑦決勝戦、延長での4点差を逆転 1986年「68回大会」福島県大会決勝 日大東北0001100004・6 学法石川0000101005・7「延長10回」 ・4点差を追う学法石川は10回裏、2本の二塁打を含む4安打で同点。さらに二死満塁から瀬谷が二塁左に適時打してサヨナラ勝ち。

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