ラスベガス観光局が発信する街のスローガンは「What happens in Vegas, stays in Vegas.」で、直訳すれば「ラスベガスで起きたことはラスベガスに残る」ですが、これには、「このラスベガスで、普段はできないようなこと(不道徳なことなど)もやっちゃいましょう」というそそのかしの意味を暗に含んでいます。
このような風潮の街ですから、ラスベガスには「Sin City(罪業の街)」という別名もあります。
つまるところ、ラスベガスとは、(不道徳なものを含む)あらゆる娯楽を集結した都市だということです。
そういうわけでラスベガスは、大金持ちやセレブを含む、娯楽を求める人々が世界中からやってくるので、世界の耳目を集める都市となっています。
このようなところでボクシングの興業を打つことができれば、同じ興業を田舎の体育館で行うよりも、ずっとたくさんのお金を稼ぐことができるでしょう。
いうなれば、ラスベガスは興業界における「超一等地」です。
しかし、いかに「超一等地」と言えども、ここで興業を打てばどんなものでも成功が約束されているというわけでは当然なく、客を呼ぶための話題性を欠かすことができません。
逆に言えば、話題性さえ高ければ、実力に関係なくラスベガスの特設リングに立てる可能性があります。
映画「ロッキー」では、舞台こそラスベガスではありませんでしたが、まさしくそんな状況が描写されています。
アメリカ建国200年祭の一環で行われるタイトルマッチに予定されていた挑戦者がケガで試合ができなくなったため、急きょ地方のボクサーとしてくすぶっていたロッキーに代役として白羽の矢が立てられるのですが、その理由が、建国200年祭に因んで、無名のイタリア系ボクサー(アメリカ大陸を発見したコロンブスはイタリア人)に「アメリカンドリーム」を実現するチャンスを与えるというものでした。
もちろんこれは、本来はミスマッチであるはずのマッチメイクを正当化するための後付けの口実ですが、それだけではなく、話題性を盛り上げて人々の興味を維持する意図がありました。
映画「ロッキー」は極端な例としても、ラスベガスのリングに立つことは、話題性を持つボクサーであることはある程度証明できても、それが必ずしも強さを証明するものでないことは自明であり、ここを誤解する人がいることにkurata_sekiさんがジレンマを感じられていることは、理解できないものでもありません。