日産・シルビアとは?

日産・シルビアとは

日産・シルビア

シルビア("SILVIA" )は、日産自動車で生産されていた2ドアノッチバッククーペ型自動車(3代目、4代目にはハッチバックが存在する。また2代目及び3代目のクーペは日産では公式には「ハードトップ」と呼んだ)。コンセプトが一貫しており、FRレイアウトとクーペスタイルを踏襲している為、4ドアやワゴンモデルが存在しない。
もともとスペシャルティカーとして登場し、3代目や5代目は当時のデートカーとして商業的に成功した。

車種であった。特に、1988年(昭和63年)に発売されたS13型以降においてはドリフトやチューニングカーを代表する車種であり、その評価は国際的に高い。

1964年(昭和39年)の第11回東京モーターショーに「ダットサン クーペ1500」として出品された後、1965年(昭和40年)4月発売。ダットサン・フェアレディ(SP310型)のシャーシにSUツインキャブ付R型1,600cc OHVエンジンを載せ、クーペボディを架装して作られた。同社の車種としては初採用のフロントディスクブレーキ、および4速フルシンクロのトランスミッション、クリスプカットと呼ばれた美しいデザイン(当時日産デザイン室に在籍した木村一男がドイツ人デザイナー、アルブレヒト・フォン・ゲルツによる助言を採り入れながらデザインしたもの)、継ぎ目を極力減らしたボディパネルなど意欲作であったが、美しいルックスには不釣合いなタフな乗り心地や相対的な割高感に加え、兄貴分のスカイラインやオープン版のフェアレディの影に隠れて商業的には成功したとは言えなかった。そのため、1968年(昭和43年)6月に554台のみで生産を終了、一旦は絶版となった。

この初代シルビアは、殿内製作所(現在の株式会社トノックス)にて製造された。

社団法人自動車技術会の「日本の自動車技術180選」に選出されている。また、トヨタ博物館の3階にも展示されている。
1975年(昭和50年)10月、A-S10型発売。日本国内の車名は「ニューシルビア」で、エンブレムにも「NEW」の文字が見られる。このエンブレムは最後まで「NEW Silvia」と書かれており、前期型のエンブレムはCSP311型シルビアと同じ字体だった。コンセプトは初代とはうって変わり、北米市場向けの「セクレタリーカー」として開発された。

プラットフォームはB210型サニーをベースとしており、サスペンションはフロントがストラット式、リアがリーフリジッド式を採用している。ハードウエアの面でも初代との繋がりは全くない。

1976年(昭和51年)5月、マイナーチェンジ。昭和51年排出ガス規制対応のため、L18型は排ガス対策システムであるNAPSを搭載した電子制御式燃料噴射のL18E型(115PS)に変更。型式もB-S11型となる。

1977年(昭和52年)8月に一部改良、フロントグリルの意匠変更とフロントバンパー四隅への対衝撃ゴムの配置、最上級グレードであるType Gも設定された。

直線的な美しいデザインを持つ初代とは対照的に北米受けを狙った2灯式ヘッドランプや、うねりの強い2代目のスタイルは日本の顧客には共感を得られず、国内販売台数は月2,000台ほどと、ライバルのトヨタ・セリカには遠く及ばず、不振だった。

この世代の北米向けモデルで初めてSXの車名が使われた。名称はDatsun 200SX。通称5マイルバンパーと呼ばれる大型バンパーを前後に装着していた。
1979年(昭和54年)3月、発売。プラットフォームはB310型系サニーやA10型系バイオレットと共通。ボディタイプはハードトップと呼ばれたノッチバッククーペに加え、ハッチを持つ3ドアファストバックが追加された。なお3ドアファストバックには大型バンパーおよび日本初のフロントシングルアームワイパーが全てのグレードに標準で装備されていた。角型4灯式ヘッドランプやセンターピラーレス・ボディ(ハードトップのみ)等当時の流行を押さえたデザインのため、月4000台を上回る販売台数を記録するヒット作となった。

先代の輸出仕様車である初代200SXの手応えから、さらにアメニティーに振ったコンセプトとなり、日本初のドライブコンピューターをはじめ、ダッシュボード上の横一杯に並んだワーニングランプやフェードアウトする足元灯など、アメリカ車並みのムーディーな室内イルミネーションを採用。なお、米国仕様車の名称は200SXを継承している。

グレードは当初、1,800 ccのZ18型を搭載したLS(ハードトップのみ)/LS-L/LS-X(インジェクション仕様はLSE-L/LSE-X)、2,000 ccのZ20型を搭載したZS-L/ZS-X(インジェクション仕様はZSE-L/ZSE-X)が設定され、のちのマイナーチェンジでZ18ET型を搭載したターボZSE/ZSE-X、FJ20E型を搭載したRS/RSエクストラが追加設定された。これはR30型スカイラインRS用に開発されたDOHCエンジンである。

1982年(昭和57年)には、S110型シルビアをベースにWRCのグループB・ホモロゲーションモデルとして、2,400 ccのFJ24型エンジンを搭載し、角ばったオーバーフェンダーを追加、225/50R16タイヤを標準装備する日産・240RSが登場している。

また、このモデルと次のS12型にはモーター店の取扱車種として姉妹車のガゼールが設定された。

1982年(昭和57年)、生産拠点を九州工場(現・日産自動車九州)へ移す。

この年の第30回サファリラリーでは、LZ20B型(215ps)を搭載したグループ4仕様車が総合3位を獲得した。

1983年(昭和58年)、生産終了。

米国向け200SXのほかにメキシコ向けにはSAKURAのネーミングで売られていた。

1983年8月、発売。このモデルからリアサスペンションがセミトレーリングアームの独立式となる。また、リトラクタブル・ヘッドライトが採用された。機能面では、日本初のチルトアップ機構付き電動ガラスサンルーフが搭載された。日本国外への輸出ではこれまでのダットサンから米国仕様を含め、日産200SXとした。

ボディタイプは2ドア・ノッチバックと3ドア・ハッチバックの二車種。センターピラーを持つようになったためノッチバックボディは「ハードトップ」から「クーペ」に名称が変わった。エンジンはデビュー当初、1,800ccのCA18型3種(キャブレター/EGI/EGIターボ)と2,000ccの自然吸気エンジンであるFJ20E型(150PS)、ターボを搭載したFJ20ET型(190PS)が設定された。同じくFJ20ET型を搭載していたDR30型スカイラインでは、空冷インタークーラーを追加した205PS仕様が設定されたが、S12型には採用が見送られた(試作車両が十数台、生産され 一部が世に流出した)。

なお当初は新開発のCA18型エンジンの搭載を前提でデザインされていたが、デザイン決定後にFJ20エンジン搭載モデルも設定されることとなり、背の高いエンジンを収めるためにボンネットを切り抜きバルジを設けることで解決している。

「ターボR-X・G」には「キーレスエントリーシステム」なる装備があった。これは、後世におけるリモコンドアロックやインテリジェントキーシステムとは異なり、ドアハンドルに内蔵されたキーパッドで暗証番号を入力して施錠・解錠を行うものであった。同年11月には特別仕様車「50アニバーサリーバージョン」発売。

1984年2月、1800ターボR-L FISCO追加。中級グレードのターボ・R-LにFJ20E/ET搭載車とほぼ同一のサイズのタイヤ(195/60R15 88H)、アルミホイール(15×6.5J)等を装備したもの。9月、CA18ET車のターボチャージャーの冷却方式を水冷式に変更。
1986年2月、マイナーチェンジ。FJ20E/FJ20ET型エンジン搭載車が廃止され、全車CA型エンジン搭載車となった。トップグレードにはCA18DET型ツインカム・ターボエンジンが搭載された(これ以後、DOHCからTWINCAMという表記になる)。同時に兄弟車のガゼールが廃止。このため、日産モーター店では代替としてシルビアを扱うことになった(北米モデルの200SXにはVG30E型3,000ccエンジンを積む大排気量車が追加)。

1987年2月、クーペに「ホワイト RS-X」追加。同年8月、クーペに「R-X ホワイトセレクト」、「フルホワイト R-X」を追加しツインカム ターボRS等一部車種を廃止。

1988年に生産終了。

1988年5月、発売。歴代シルビアの中で最も販売台数が多い。このモデルで当時大人気だったホンダ・プレリュードの牙城を崩し、若者を中心に約30万台を販売した。当時としては未来的なデザインで、CMや雑誌広告のコピーでも「アートフォース・シルビア(ART FORCE SILVIA)」と表現しており、グッドデザイン大賞を受賞した。そのシルエットから女性人気を集めただけでなく、希少な存在となっていたFRのスポーティークーペであることから走行を重視する男性層の支持も得た。足回りには新開発のリアマルチリンクサスペンションが採用された。

日産はこのモデルをデートカーとして位置づけており、FRレイアウトの採用に関しても、低いボンネットのデザインを実現するに適したFF用コンポーネントを日産が持ち合わせていなかったということが最大の理由であった。当時すでに少なくなっていた手頃な価格の後輪駆動車でスポーツ走行にも適した設計であったため、アフターマーケットにおいてスポーツ走行用の様々な改造パーツが開発され、特に走り屋の若者を中心に大きな人気を博した。次第にサーキットや峠などで走るための車として使用されることが多くなり、それは時に公道での無謀な暴走行為に及ぶこともあった。これはその後のモデルであるS14型やS15型も同様である。

搭載エンジンは、デビュー当初は1,800cc、自然吸気エンジンのCA18DE型(135PS)とターボのCA18DET型(175PS)であった。1991年のマイナーチェンジ後は2,000ccのSR20DE型(140PS)とSR20DET型(205PS)に変更された。グレードはJ's、Q's、K'sの3種で、特別仕様車の名称も含めてトランプを意識した構成になっていた。

1988年7月、オーテックジャパン製の「コンバーチブル」を追加発売。K'sを改造したものであり、製造はオープン構造の車の生産を得意とする高田工業に委託されていた。

1988年10月、昭和63年度の通産省選定グッドデザイン大賞を受賞。

1988年11月、一部改良。セットオプションの組み合わせをユーザーが選ぶ「パーソナルオーダー」導入。新塗色にスーパーブラック(KH3)追加。

1988年12月、'88〜89年日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞。

1989年2月、一部改良。ATシフトロックをPレンジ保持機構付きに変更。同年10月にはビスカスLSDのオプション設定をQ'sに拡大。

1990年2月、「ダイヤセレクション」シリーズを追加発売。Q's、K'sをベースにそれまでの販売実績から人気の高いオプションを標準化しながら価格上昇を最小限に抑えたお買い得仕様。内容はオートエアコン、アルミホイール、CDプレーヤー(ソニー製)、アーム式シートベルトガイド、電動格納式ドアミラー、プロジェクターヘッドランプ、リアスポイラー、スーパーファインコーティング(フッ素樹脂塗装)、専用エンブレム(銀地にQ'sあるいはK'sと書かれ左右にトランプのダイヤのマークが入る)、アクセントモール。なお、ダイヤセレクション専用オプションとしてレザーバージョン(本革シート、ステアリング、シフトノブのセット)が設定される。

1991年1月、マイナーチェンジ。エンジンが1,800ccのCA18DE/CA18DET型から2,000ccのSR20DE型(140PS)とSR20DET型(205PS)に変更された。姉妹車の180SXも同時期にSRエンジンに変更されたが、名称は180SXのままであった。そのほか、4輪操舵のHICAS IIがSUPER HICASに変更され、タイヤサイズが195/60-15から205/60-15にサイズアップされた。さらにトランクリッド後端中央のキーホールカバー形状を逆台形から楕円形に変更、リアスポイラーを飛行機の翼をモチーフにした新形状に変更、その内蔵ハイマウントストップランプには横一列配列のLEDを採用、サイドドアビームの追加、プロジェクターヘッドランプが4連からフォグランプも含めた6連に変更、アルミホイールの形状変更、トランク裏にトリム(内装)が追加されるなどの細かい点も変更が行われている。内装はシートの形状が変更され、リア3点式シートベルトが採用され、ワイパーの間欠時間調整が追加(Q's系、K's系)、ファッションキー(キーヘッドが丸で中に「SILVIA」のロゴが入る)の採用、前期型で多かった女性ユーザーからの要望により従来の助手席側に加え運転席側にもバニティミラーを追加(Q's、K's系)。ダイヤセレクションは廃止されたが、ダイヤセレクションの内容からCDデッキと専用エンブレムを省いた仕様のメーカーオプション「ダイヤパッケージ」が設定された。また、内装のオプションとして「レザーセレクション」(本革シート、ステアリング、シフトノブ専用内装地。スーパーハイキャスとセットオプション)とアートテリアセレクション(大理石模様のスウェード調生地のシート、内装地)を追加している。

1992年1月、「クラブセレクション」と「Q'sSC」追加発売。クラブセレクションは先のダイヤセレクションと同等の仕様。相違点はCDデッキがソニー製からクラリオン製に変更、アルミホイールが標準車と違いシルバーポリッシュ(光輝仕様)タイプとなる、専用の銀地の楕円型グレードエンブレムの文字色が濃赤になり、左上にトランプのクラブのマークと下に「club」のロゴが入る点。「Q'sSC」はQ'sにオートエアコンとシルバーポリッシュのアルミホイールを装備しながら価格上昇を抑えた質実剛健型グレード。なお、SCとは「スペシャルカード」の意である。

同時に一部仕様変更が行われ、シートベルト警報&警告灯を装備。これはエンジン始動時にメーター内の警告灯が点滅し、同時に運転席ベルト未装着の場合は警報がいずれも8秒間作動する仕組みになっていた。これに伴いメーターの変更が行われ、オートエアコンのデジタル化も行われた。

1992年5月、「Q's2」(Q'sスクエア)限定発売。同時期の日産主力車種と同様、乗用車生産4000万台突破を記念した期間限定車。ベースはQ'sSCでランバーサポート付きの運転席や専用ヨーロピアンインテリア、リアスポイラーなどを追加装備したもの。ボディカラーは1月に追加されたパールホワイトと既存のスーパレッド、スーパーブラックの3色。

1992年12月、「オールマイティ」追加発売。モデル末期に入り、廉価なお買い得版による販売力強化を図った仕様。ベースはJ'sでマニュアルエアコン、アルミホイール、パワーウインドー、カセットデッキ付きチューナー&4スピーカー、電動格納式カラードドアミラー等J'sには標準では未装備の快適装備が追加された。またこのモデルのみベロア調ニットを使った専用シート地(縫い目の位置が見える位置に変更されコスト削減のテスト的意味合いが強い)が装備される。なお、この内装は180SXの中期型の黒ヘッド仕様にも用いられる。専用エンブレムも装備されるが、楕円ではなく長方形で銀地に黒で「A」マークとトランプのスペードのマークが入った仕様となる。

これに伴いベースとなったJ'sと年頭に追加されたQ'sSCが廃止される。

モデル末期には、そのころ発足したばかりの全日本GT選手権のGT2クラス(後のGT300クラス)に参戦し、クラスチャンピオンを獲得している。

1993年10月、S14型シルビアの登場に伴い販売終了。

輸出仕様車として、北米仕様の貨物車用の2,400ccエンジン(前期型はKA24E、後期型はKA24DE)を搭載した240SXと、欧州仕様の200SX(搭載エンジンは日本仕様と同様、初期型が1,800ccのCA18DE/CA18DET型、後期型が2,000ccのSR20DE/SR20DET型)とが存在する。北米仕様の240SXは、現地のヘッドライト位置の法規に対応するため、フロントのデザインに180SXと同様のリトラクタブルライトを採用している。こちらは1996年まで生産が続行された。

姉妹車として、1989年4月に180SX(RS13型)が発売された。これは上記の240SXのハッチバックボディの日本仕様車であり、車名の「180」は排気量の1,800ccにちなんでいる。エンジンはシルビアと異なり、ターボモデルのCA18DET型のみ設定していた。この180SXは北米向け240SXはモデルチェンジがなされずしばらくS13型の生産が続行された事から、S13型シルビアの販売終了後も販売が続けられた。後述の通りモデルチェンジしたS14型シルビアが不人気だったことから、かえって人気が高まり、1998年まで生産が続行された。

他メーカーによる改造車として、光岡自動車がS13型シルビアをベースにクラシックカーのようなボディに換装した初代ラ・セードを発表している。

またユーザーの私的改造として、180SXがベースにフロントセクションをS13型シルビアのものに換装した、通称シルエイティ(後に一部の日産系ディーラーで正式に販売された)、逆にS13型シルビアをベースにフロントセクションを180SXのものに換装したワンビアが存在する。

S13型シルビアのボディは、ニュルブルクリンクにて開発中のスカイラインGT-R (BNR32) をテストする際に、偽装用ボディパネルとして使われた。

1993年10月、発売。プラットフォームは先代の物を流用しているが、ボディサイズは拡大され全車3ナンバーとなった。スペシャルティ市場がRV等に押されていた時期と重なったこと、ボディが大型化されたこと等により軽快感が失われたこともあり若者の人気を得られず販売台数が減り、中古車の人気も当初は高くなくS13型の中古車価格が高騰した時期がある。

エンジンは自然吸気、ターボ共に改良され、SR20DE型は160PS、SR20DET型は220PSにパワーアップした。先代の自然吸気はレギュラーガソリン仕様だったが、ハイオク仕様に変更された。

ホイールのPCDは、ターボ車が114.3mm×5H、NA車が114.3mm×4Hである。

1994年2月、特別仕様車「Q'sエアロスポーツ」発売。同年9月特別仕様車「K's TYPE K1」発売。

1995年5月、一部改良、「エアロ」シリーズと「Q'sクラブセレクション」を追加発売。一部改良により運転席エアバッグを全車標準化した他、グリルを変更し、従来フロントグリルとリアフェンダー上のグレードエンブレム下にあった「Silvia」エンブレムが廃止され、トランク上にあったエンブレムの位置もセンターから左端に移動された。Q's、K'sにはエアロフォルムバンパーやナバーン製リアスポイラー、アルミホイール、ホワイトメーター、革巻きステアリング&シフトノブ等を装備したエアロシリーズが追加される。またQ'sをベースにエアロフォルムバンパーや15インチホイール(鉄製)を装備したQ'sクラブセレクションを追加。

1996年6月、後期型へマイナーチェンジ。曲線の多かった前期型からヘッドランプを角ばった、いわゆる「ツリ目」の形状にするなど、主にフロント周りのデザインを一新し、全体的にシャープなデザインの外観に変更した。愛好者からは前期型を「たれ目」、後期型を「吊り目」と区別されている。前期型と同様S13型と比べて大型化したボディサイズに対する先入観はいかんともしがたく、一般市場では不評のまま終わった。それでもシャープな印象の後期型の人気は前期型に比べれば高く、中古車価格も年式の割には後期型が高いが、前期型の柔和なスタイルを好むものもいる。

1997年10月、「オーテックバージョン K's MF-T」が追加。オーテックジャパンによって各部をファインチューニングされており、特にエンジンはチューニングされたSR20DET型に石川島播磨重工業製の専用ターボチャージャーを組み合わせ、藤壺技研工業製の専用エキゾーストシステムと相まって、最高出力250PS/6,400rpm、最大トルク28.0kgf·m/4,800rpmを発生した。外観上の特徴は、大型リアスポイラー、専用フロントバンパー、アローエンタープライズ製の16インチアルミホイール。215/50R16・90VのブリヂストンポテンザRE710Kaiを履き、専用スポーツサスペンションを装着していた。内装はホワイトメーター、 電圧・油圧・ブーストの3連ホワイトメーター、MOMO社製SRSエアバッグ付きスポーツステアリング、本革巻シフトノブ、専用シート地、専用ドアトリムクロスが装着されていた。

1998年、年内で生産終了。

輸出仕様車としてS13型と同様、欧州仕様車と北米仕様車が存在した。欧州仕様は、日本仕様と同様のSR20DE/SR20DET型エンジンを搭載したモデルが新型200SXとして販売された。北米仕様車は1996年にS14型の240SXへとモデルチェンジした。エンジンは引き続きKA24DE型(155PS)が搭載された。

1999年1月、発売。

最大のトピックはS14型で拡大されて不評だったボディサイズを再び5ナンバー枠に戻したことである。また、グレードの変更が行われ、S13型からS14型までの「J's」「Q's」「K's」から、NAモデルの「spec.S」とターボモデルの「spec.R」となった。

販売は日産レッドステージで行われた。また、S15型登場に合わせて180SXは生産を終了し、モデルが廃止された。また、S15型では左ハンドル仕様が開発されなかったため欧州向けや北米向けには輸出されず、オーストラリアとニュージーランド向けが少数輸出された他、中古車がイギリスに渡っている。

S13後期型以来伝統のSR系エンジンはさらに改良され、スペックSのSR20DE型ではMT車が165PS、AT車が160PSであるのに対し、スペックRのSR20DET型ではMT車が250PS、AT車が225PSとなっている。

スタイル上の最大の特徴はサイド面のプレスラインがリアフェンダー、リアトランクにかけて徐々に絞り込まれる「深絞りプレス成型」を採用したリアフェンダーである。ヘッドライトはボンネットに回り込んだ「釣り目」デザイン、テールランプもトランクに回り込んだ大型のものが採用された。

ホイールのPCDは、ターボ車・NA車ともに114.3mm×5Hに統一された。

内装面では、メーカー純正としては珍しい運転席側Aピラー部分に設置されたブースト計(spec.R系)・油圧計(spec.S系)や、運転席中央部にポップアップ式5.8インチ液晶モニターをオプションで採用する。また、エアロ系グレードには「インテリアパッケージ」と言うオプションが選択可能で選択するとフロントシートとドアトリムが専用のオレンジのスェード調クロス地となる(リアシートは他グレードと同じ)。

また、ターボモデルであるスペックRにはトヨタ系列部品会社のアイシン・エーアイが製造した6速MTが装備され、更にターボチャージャーにはS14型から引き続きボールベアリングタービンが採用され、レスポンスアップを図りつつ、低速回転からもストレスなく回る仕上がりになっている(ただし、生産終了間際のモデルにおいてはボールベアリングではなくフローティングメタルが採用されている)。アイシン・エーアイ製6速トランスミッションはシフトフィールに優れず、元来マツダ・ロードスター用に開発されたものをベースとしていたため容量的な余裕がなく、エンジンパワーを上げるとトラブルが多発した。

1999年10月、グレード追加によりスペックR/Sに「bパッケージ」が登場。豪華さとファッション性に重きを置いたグレードで、内容は内装ではフロントシート/ドアトリムが専用のブルーのスェード調クロス地になる(リアシートは他グレードと同じ)、ステアリングのステッチが他グレードと異なり専用のブルーステッチになる、本革巻シフトノブ採用(スペックS・bパッケージMT車のみ、スペックR系はもとより標準のため)、キーレスエントリーの標準化(通常グレードにオプションで付けた場合と異なりアンサーバックがハザードで行われる)、スペックS・bパッケージ専用装備としてスペックR系車両と同一のチタン調のメーターパネルが付く。外装ではフォグランプが標準化され、スペックR・bパッケージ専用装備としてクローム調の専用アルミホイールが装備される。また、bパッケージ専用外装色として「ライトブルーイッシュシルバー」が追加される(2000年一部改良時にエアロ系グレードを除きライトブルーイッシュシルバーが選択可能となる)。

同時にオーテックジャパンが開発を手がけた「オーテックバージョン」を追加。スペックSをベースとして各部にファインチューニングを行い、自然吸気エンジンのNVCS付きSR20DE型専用エンジンは、圧縮比アップによる燃焼効率の向上や背圧低減による高回転域の排気効率向上、狙いのトルク特性を引き出すためバルブタイミング、リフト量のチューニング等、内部を見直す一方、藤壺技研工業製の専用エキゾーストマニホールドを採用し、最高出力200PS/7,200rpm、最大トルク21.8kgf·m/4,800rpmを発生した。ボディ補強、前後ブレーキ、6速MT、リヤヘリカルLSDなどはスペックRと共通である。外観上はボディサイドエンブレム程度の相違しかなく、内装も専用シルバーメーター、赤ステッチ入りの専用フロントシート・ドアトリム生地など、大変控えめなものであった。

2000年5月、国産初のフルオープンタイプ電動メタルルーフのオープンカー(クーペカブリオレ)の「ヴァリエッタ」を発表。ベースとなったのは、1999年の第33回東京モーターショーに出品された、オーテックジャパンと高田工業の共同開発車である。同年7月に発売開始。搭載エンジンはSR20DE型のみで、5速マニュアル車は165PS、4速AT車は160PSであり、エンジン詳細はスペックSに準ずる。内装面では、フロントシートに「モルフォトーンクロスシート」を標準装備。モルフォトーンクロスは帝人と川島織物との共同開発による物で、モルフォチョウの鱗粉の発色原理を応用する繊維を織り込んだ布地が使用されている(素材は帝人と田中貴金属工業による共同開発)。オプション装備としてシートヒーター内蔵の黒色の本革シートも用意されている。なお、モルフォトーンクロスおよびシートヒーター装備の本革シートを採用しているのはフロントシートのみで、リアシートについては黒色の合皮が採用されている。

2000年10月、オーテックジャパンにより内外装に手を加えた「style-A」を追加。搭載エンジンはSR20DET型およびSR20DE型の2種。DET型には6速マニュアル、DE型には5速マニュアル、両方に4速ATと合わせて全4種をラインナップした。前後バンパーに専用デザインのエアロパーツを採用したほか、テールランプにはボディ同色の縁取りが施されている。内装にはベージュの素材をアクセントに採用。単色の本革シートや黒とコンビの本革巻きステアリングを装備し、ダッシュボード下面からセンターコンソールかけてとドアトリムには合皮の素材が使われている。

同2000年には光岡自動車がS15型をベースに、2代目ラ・セードを発表している。

2002年1月24日に最終特別限定車「Vパッケージ」を発売開始。専用フロントシート・ドアトリム生地、MD・CD一体型電子チューナーラジオ、プライバシーガラス、キセノンヘッドランプなどを標準装備しつつ、価格を従来車から据え置いた。なお、この追加によりVパッケージのベースとなったスペックS・Gパッケージ、スペックR及びスペックR/S・bパッケージ、スペックR・Type-Bが廃止されグレードが整理される。

2002年8月、折からのスポーツカーの販売不振や平成12年排ガス規制の影響を受け、R34スカイラインGT-Rとともに生産終了となった。これによりシルビアは1975年の復活から27年(初代と2代目の間に挟まれた中断期間を入れて37年)の歴史に幕を閉じた。販売台数は約3万台、販売期間は僅か3年7ヵ月と歴代モデルでは最も短いが、派手なデザイン故に今日でも愛好家が多い。
1983年(昭和58年)、日本国外ラリー競技向けにS110型ベースの「240RS(BS110)」というホモロゲーションモデルが登場。当時グループBで争われていたWRCに参戦した。ボディタイプはハードトップが選ばれた。生産台数は200数台といわれている。1983年(昭和58年)から1986年(昭和61年)まで参戦したWRCでの最高成績は2位。

240RSのホモロゲーションマシン及びカスタマー・スペック車に使われたのは2,400ccのFJ24型(240PS)である。さらに、240RSのワークスカーにはFJ24改(275PS)を搭載するエボリューションモデルが存在した。FJ24型は国内で販売されていたFJ20E型とは設計・構造が大きく異なるため、共通パーツがほとんどなく競技専用エンジンだった。

2006年(平成18年)のNISMOフェスティバルでは、経年経過によって劣化されたワークスマシンを日産自動車の有志の手で稼働出来るよう修復することに成功し、デモランを行った。2007年(平成19年)現在、この車両は日産の座間事業所内にある座間記念車庫に動態保存という形で厳重に保管されている。また、ローカル競技ではあるが、240RSは日本のあるエンスージアストの手により近年のタルガ・タスマニア・ラリーに参戦し、好成績を収めている。

シルエットフォーミュラにも引続き参戦したが、車両自体は先代S110型のシルエットフォーミュラ仕様のボディパネルをS12風に変更したモデルである。現存しているシルビアのシルエットフォーミュラ仕様車はこのS12風カウルをまとったもので、2005年(平成17年)のNISMOフェスティバルでは、新品に近い状態にまで修復されたこのマシンを当時のドライバーである星野一義が運転した。

S12型の北米向けモデル200SX(RVS12型)には、V6・3,000ccのVG30E型を搭載するモデルも存在した。日産はこれをベースにラリー仕様車を製作、1987年(昭和62年)と1988年(昭和63年)の2年間、WRCのグループAクラスに参戦した。WRCにおける最高成績は1988年アイボリーコーストラリーの優勝。
『デートカー』などの軟派なイメージが先行されたS13型も、軽量化のため内装を全て剥ぎ、ロールケージを張り巡らされ、外装ノーマルでエアロパーツが一切不可、さらにはSR20DEのメカチューンを搭載したスパルタンな車両が若手レーサーの激戦区でもあったワンメイクレースにて活躍。また、1993年(平成5年)に国際級レースにNISMOよりグループA仕様のGT-RベースにしたカルソニックGT-Rと共にシルビアワンメイクレースのN2仕様のスーパーシルビアに大型エアロパーツを装着、モディファイした車両が参戦している。

S14型は全日本GT選手権(JGTC)のGT300クラスに前期型と後期型が共に参戦した。1997年シーズン、織戸学/福山英朗組の駆る後期型フェイスのRS・Rシルビアがチームタイトルを獲得した。

S14型には前期型をベースにNISMOがチューニングを行った「NISMO 270R」というコンプリートカーが存在した。ボディカラーはスーパーブラック(#KH3)のみ。開発にはレーシングドライバーの木下隆之が関与した。車名はNISMOの手でファインチューニングされたSR20DET型エンジンの最高出力である270PSにちなんでいる。

S15型は全日本GT選手権(JGTC)のGT300クラスにデビュー直後から参戦した。2001年(平成13年)シーズン、大八木信行/青木孝行組のダイシン・シルビアがチーム及びドライバーズタイトルを獲得している。また、2004年(平成16年)シーズンからは日産のGT300クラスの主力の座をZ33型フェアレディZに譲り、翌年第一戦から退いた。
2001年(平成13年)、2002年(平成14年)には全日本ラリー選手権2WD部門に参戦した。チームはNRSで、連続で年間ドライバーズタイトルを獲得している。
名前の由来はギリシャ神話に登場する清楚な乙女の名前から。その語源はラテン語で「森」を意味する。

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シルビア

シルビア

日産のクーペ

152万円〜284万円

1988年05月から2002年08月

シルビアの中古車(197)

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タグ  シルビア

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シルビアに関するよくある質問

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