西武球場について 西武球場の地元に住んでいます。
30数年前野球場は現在の航空公園に建設される計画がありました。
しかし地元の住人からは道路の整備が十分でなく野球開催日の車の渋滞を心配する声が相次ぎました。
そのため航空公園での建設は白紙に・・・ その後西武鉄道は狭山湖駅(現西武球場前駅)近くの野球場を新たにプロ野球ができる球場に作り直し 巨人軍を始めとしたプロ野球の試合を開催するとの考えを発表しました。
しかし予定地近辺の道路は狭く渋滞が予想されることさらに近接する西武園競輪場の競輪開催日における 車の渋滞、生活道路への車の進入が後を絶たないなどの理由から新球場の建設に反対しました。
西武鉄道は地元住民に対し野球観戦用の駐車場を造らない、狭山湖線を整備し電車の増発を行い 電車を利用しての来場を即すと約束し、狭山湖線を10両編成に対応できるようにそして山口線はトロッコ列車を タイヤ式の新交通システム(レオライナー)に造り変えました。
球場建設が決まった翌年当時九州にあったクラウンライターライオンズを国土計画が買取り「西武ライオンズ」と 名前を変えて所沢に引っ越してきました。
当時地元住人はライオンズを大歓迎し商店や民家の軒先にはライオンズニュースが貼られ小学生の子供たちは 交通安全協会の黄色い帽子ではなくライオンズの青い帽子をかぶるのが当たり前になりました。
田淵選手、東尾選手、デスロイヤーなどなどたくさんの有名選手は所沢市内に住み電車の中で見かけることも ありました。
しかし西武球団は地元民との約束を破り第三球場を観戦者用の駐車場にしスキー場の駐車場も観戦や用に 解放してしまいました。
その結果は・・・ 大渋滞の発生です。
今年の開幕戦の終了後地元の生活道路(山口城址通り)が渋滞し救急車がサイレンを鳴らすことができなく 立ち往生していました。
野球開催日に地元民は死んでもいいそれよりも球団運営の利益が優先…それが西武資本の考えなのでしょうか? いまライオンズの帽子をかぶる地元の小学生は激減してライオンズニュースも見かけることもなくなりました。
地元民を大切にしない球団がパリーグを制したり日本一になるなんて考えたくもありません。
九州から所沢に来た時のように地元を大切にしたライオンズに戻ることは「ブチラン」なのでしょうか?? 開幕三日目の渋滞写真
トロッコ列車 に関する質問