匿名さん
元東映の吉田定敬投手を知ってますか? 1961年 吉田投手は33年泉陽高から関学大に入学、当時エースだった柴山(現阪神)を助けてその年の春季リーグ戦からベンチへ入り、第一週の対神大一回戦では先発投手として登板、七回投げて無安打奪三振12というあざやかなデビューぶりで注目を集めた。
そして翌34年には柴山にかわってエースの座に君臨、関学の春秋の連パの原動力となった。
そのころ南海は藤江マネージャー、阪急は矢形投手(現マネージャー)を介してかなり積極的に勧誘に乗り出し、中退を勧めたが、吉田投手は「大学選手権さえとればプロへいく」といったことで藤江、矢形両先輩も手を引いた。
ところが、35年春のリーグ戦での関学は四位に転落、秋季リーグ戦では当の吉田投手が右ヒジを痛め一時は再起不能とさえいわれたことから、自然プロからの話も立ちきえとなった。
しかし、その後も吉田の素質を高く買う阪急の西村コーチ(現東映)一人だけは熱心に勧誘をつづけた。
一方吉田投手は今春ごろからももと通りのピッチングができるまでに回復するとともに、今夏の休みを利用して別府へ温泉治療にいってヒジの痛みを完全に治した。
今秋のリーグ戦では好調時に比して、全くそん色のない速球をビシビシと投じて再び脚光をあび、阪急、大洋、大毎、東映、阪神などが積極的に動き出したが、東映は西村コーチがガッチリと食い込んでいたため、東映入りは動かないものとなった。
吉田投手の話 主将として最後まで全力でリーグ戦を乗り切らなければいけないときだけに、いまはまだ何ともいえません。
リーグ戦もあと一試合残っていますから…しかしヒジの痛みも全然なくなったし、専門医に見てもらった結果もう大丈夫だといってくれたのでプロへいく決心がつきました。
どの球団にするかは4球団ほど話がありますので、リーグ戦の全日程が終ってから両親とも相談してきめたいと思います。