クルマ屋さんに行って、新車を見ても「興味のないガラクタ」に思えるのはなぜか? 逆に、私は大衆がガラクタと思うはずの中古

クルマ屋さんに行って、新車を見ても「興味のないガラクタ」に思えるのはなぜか?  逆に、私は大衆がガラクタと思うはずの中古

クルマ屋さんに行って、新車を見ても「興味のないガラクタ」に思えるのはなぜか? 逆に、私は大衆がガラクタと思うはずの中古車や旧車、クラシックカーが素晴らしいと思えるほどです。

人生で時として出会う人、巡り合いは不思議です その可能性は稀なのに、全てに興味を抱く事無く、 興味が出る人出ない人に別れえます その初対面から殆ど決まると言って良いほど、一瞬の自分が見た印象 それが強く左右してしまうものです。。。 本当は違うのに、自分がそうだと思い込んで接している、しまうと その自分がそうしてしまった以上に、相手、人は敏感に対応変化をしはじめます こうした事で、結果を生んでしまう、左右してしまうものですね 自動車の良し悪しも似ております、そのカッコウやコンセプトやイメージから 本当は違う良い資質をうんと持っていても、自身が求めるそれにそぐわない 第一印象となれば、もう好きにはなれなかったり、これに試乗して見ようかと そんな思いや感じがなかなか抱けません これでこの出会いは終わりになりえます 特に昨今は、自動車=楽(何でもかんでも積み、一般ユーザーの良き足)であり、まあ道具であり、その本来の味であるヒューマン的な要素を全て取り払い とかく売れてこそ良い商品!でしかありません 何としてもこれに大金をはたいて入手したい そんな出会いは殆どありません 金持ちアピールの道具は別話となります かつての自動車は、それこそ、自動車、マイカーとなれる それであればこそ高級であり、贅沢であり、誇りであり 内容として欲しいスタイルも走りも当然魅力そのモノで、総合的にどうだと言うよりも一つ一つが本当に大事な要素でした マニュアル操作3ペダルもそうですが、キャブだとかディストリビューターだとかオーバーヘッドカムだとか(ヘッドバルブでも良い)ダイナモの電圧だとか、機構の癖だとかメーカーの味だとか色々見たくて、試したくてしょうがない これに対すると今やしっかりした商品で当然!が先に来て 極まったモノでも、安くて走れて安全で何でも良い状態 そう感じます 正直、自動車の本来の醍醐味や面白さを味わう事とする時代がトウに過ぎて 自動とか楽とか万能とか完全とか言う商品でしかない時代に入ってそこを 歩き続けている様な気がします これは、ユーザーにも当然の如く原因があると感じます 売れるモノしか開発出来無いからです 売れないモノは世から消えます 自動車開発の競争は、かつての自動車競走から、ユーザーありき商品開発競争に 変わってしまったのですね。。。 これでは自動車をこよなく愛するとか、マニアとか、コアファンとか望む様な 魅力ある商品は開発されなくて当然と感じます そこら辺の自動車は、良く出来ていて当然ですし、何でもヾレベルと感じます 値段がヾならどこで何を買っても似たものが来る そこまで新化したともまあ言えますし、 面白くない時代になったとも言えます ですから、ガラクタにしか見えない(見なくて良いや)となるのですかね

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