匿名さん
近鉄・南海・阪急、及び、近鉄バファローズ・オリックスブルーウェーブがあった時代のパリーグの選手たちの移動 かつてパリーグに存在した関西私鉄3球団の近鉄・南海・阪急の3球団。
それぞれの本拠地は (近鉄)藤井寺球場、日生球場 (南海)大阪球場 (阪急)西宮球場 でしたが、これらの球団の選手たちは、現在の巨人・ヤクルト・横浜のセリーグの関東3球団のように、互いの球場で試合をする時は、遠征→宿泊無しで、自宅から通えていたのでしょうか? 藤井寺球場と西宮球場とではYahoo地図で見る限り結構距離があるように見えるので、遠征→宿泊となっていたのでしょうか? また、1988年にグリーンスタジアム神戸(現・ほっともっとフィールド神戸)が開場し、オリックスの本拠地が西宮球場から神戸に移った後にも近鉄とオリックスの試合は藤井寺球場と神戸で行われていましたが、藤井寺球場と神戸の球場では西宮より更に遠くに見えますが、遠征→宿泊となっていたのでしょうか? 阪神高速道路は既に大阪~神戸間の主要区間が開通していたみたいなので、選手たちも自宅から移動できていたのかな?って思うのですが。
それとも、藤井寺市~大阪市~西宮市、及び、藤井寺市~神戸市って地元の方でも、結構距離があるなぁと思うのでしょうか?