70年代~80年代のプロレス界において別格の強さを誇ったアンドレザジャイアント。 彼をボディースラムした事がニュースにな

70年代~80年代のプロレス界において別格の強さを誇ったアンドレザジャイアント。 彼をボディースラムした事がニュースにな

70年代~80年代のプロレス界において別格の強さを誇ったアンドレザジャイアント。 彼をボディースラムした事がニュースになる程でした。 アンドレをフォールする。これはNWA世界ヘビー級にな るという事以上にプロレスファンにとっては夢の瞬間でした。 あの当時、アンドレをフォールするとしたらどんな形が考えられましたか? 私はスモールパッケージホールドでした。それ以外に思い付きませんでした。藤波辰巳は 85年8月松本における第3回IWGP準決勝においてローリングクラッチホールドを試みましたがけケツに潰されてジエンド…ブローディがオーストラリアでトップロープからのキングコングニードロップでアンドレをフォールしたという噂も流れましたが、アンドレをフォールするとすれば一瞬の変え技しかないと思いました。 私が夢見た瞬間は83年6月2日蔵前における第1回IWGP決勝戦において猪木がスモールパッケージホールドで史上初の快挙でアンドレを下してIWGPを制覇するという事でした 。猪木はアンドレ攻略として逆さ押さえ込みだとコメントしていましたが、まずあのアンドレの両腕をロック出来ないし、重さに耐えられないと思いました。説得力という点でスモールパッケージのが落とし所かなと思いました。 結果的にIWGP決勝はアンドレが脱落して猪木ーホーガンになって、予想外の猪木のKO 負けとなってしまいました。その4年後の87 年4月、レッスルマニア3のメインイベントで ギロチンドロップでホーガンがアンドレをフォールしました。 アンドレフォールの快挙はホーガンに譲った猪木ではあったけど、その前年の86年6月名古屋第4回IWGPにおいて腕固めで初にして唯一無二ギブアップ勝ちをアンドレから奪った瞬間は今思うと夢のようでした。 アンドレザジャイアント…存在その物が凶器 。そんなレスラーはもう出てこないでしょう 。あの時代、彼のファイトを会場やテレビで目の当たりにできた…私は幸せだったと思います。 長文失礼しました。宜しければ回答お願いします♪

私も会場でアンドレ・ザ・ジャイアントを何度も目撃しました。 実に貴重な体験でした。 アンドレの強さは モンスターロシモフだった若手時代にバーンガニアなどから レスリングや逆関節の技術を叩き込まれてる点が大きいと思います。 ただ、ただ残念なのは体のサイズアップが止まらなかったこと。 今にして思うと有名な酒豪ぶりは、 自分の生命がそれほど長くないのを悟ってたのかも知れません。 私はアンドレが好きです。 日本のファンには冷たかったかも知れないけど WWFがマクマフォンジュニア氏の時代になってから 契約料が高騰し過ぎて、新日本プロレスと切れても アンドレはWWF在籍の看板レスラーでありながら 個人契約ということで新日本に留まってくれた。 WWFが来なくなって大ピンチとなった アントニオ猪木の前に マスクドスーパースターと共に好敵手として 新日本に登場し続けてくれたことに心から感謝したいです。

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70年代~80年代のプロレス界において別格の強さを誇ったアンドレザジャイアント。 彼をボディースラムした事がニュースになる程でした。 アンドレをフォールする。これはNWA世界ヘビー級にな るという事以上にプロレスファンにとっては夢の瞬間でした。 あの当時、アンドレをフォールするとしたらどんな形が考えられましたか? 私はスモールパッケージホールドでした。それ以外に思い付きませんでした。藤波辰巳は 85年8月松本における第3回IWGP準決勝においてローリングクラッチホールドを試みましたがけケツに潰されてジエンド…ブローディがオーストラリアでトップロープからのキングコングニードロップでアンドレをフォールしたという噂も流れましたが、アンドレをフォールするとすれば一瞬の変え技しかないと思いました。 私が夢見た瞬間は83年6月2日蔵前における第1回IWGP決勝戦において猪木がスモールパッケージホールドで史上初の快挙でアンドレを下してIWGPを制覇するという事でした 。猪木はアンドレ攻略として逆さ押さえ込みだとコメントしていましたが、まずあのアンドレの両腕をロック出来ないし、重さに耐えられないと思いました。説得力という点でスモールパッケージのが落とし所かなと思いました。 結果的にIWGP決勝はアンドレが脱落して猪木ーホーガンになって、予想外の猪木のKO 負けとなってしまいました。その4年後の87 年4月、レッスルマニア3のメインイベントで ギロチンドロップでホーガンがアンドレをフォールしました。 アンドレフォールの快挙はホーガンに譲った猪木ではあったけど、その前年の86年6月名古屋第4回IWGPにおいて腕固めで初にして唯一無二ギブアップ勝ちをアンドレから奪った瞬間は今思うと夢のようでした。 アンドレザジャイアント…存在その物が凶器 。そんなレスラーはもう出てこないでしょう 。あの時代、彼のファイトを会場やテレビで目の当たりにできた…私は幸せだったと思います。 長文失礼しました。宜しければ回答お願いします♪

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