スバル インプレッサの登場は日産からの入れ知恵によるものでしょうか? 詳しいことについて何かご存知でしょうか? 現在発売の月刊自家用車 5月号p62~63に関連記事が載っていました

スバル インプレッサの登場は日産からの入れ知恵によるものでしょうか? 詳しいことについて何かご存知でしょうか? 現在発売の月刊自家用車 5月号p62~63に関連記事が載っていました

匿名さん

スバル インプレッサの登場は日産からの入れ知恵によるものでしょうか? 詳しいことについて何かご存知でしょうか? 現在発売の月刊自家用車 5月号p62~63に関連記事が載っていました。
以下全文です。
「スバルは1989年 大赤字で経営危機に陥り日産から社長が送り込まれ、新社長の下で WRC参戦など積極的なブランド確立に動き、インプレッサも登場」。

もともと富士重工業は日産系のメーカーでした。
例えば、インジェクションの名称も日産と同じEGI(トヨタはEFI)、オートマチックトランスミッションの名称も「E-AT」と同じ名称を使っていたりしました。
エンジンの名称も日産と似ています。
例えば、スカイラインの「FJ20」はFJ=ベースエンジン名、20=排気量。
スバルの「EJ20」も同様です。
その日産の影響力の大きかった1985年から1990年の間に、スバルは経営危機となります。
これは1989年登場の初代レガシィのヒットによって回復を果たしますが、スバルの危機を救ったレガシィは1984年頃から開発に取り掛かっています。
1990年初代レガシィがWRC参戦。
同年、日産ディーゼルより川合勇氏を社長に迎え入れます。
この川合氏の就任はスバルの経営危機を救うためと言われています。
1992年 初代インプレッサ登場。
このインプレッサは1988年頃より開発に取り掛かっていますから、川合氏の指示とは関係ありません。
1989年の初代レガシィ登場は、レオーネに代わる新型でしたが、より小型のセクションを埋めるためにレガシィのプラットフォームを利用したインプレッサが登場しています。
なので、初代インプレッサが登場した当初はレオーネの後継のポジションともいわれていました。
1990~1991年頃、WRCで初代レガシィは戦闘力を持ってはいたものの、ラリーはより小型モデルにトレンドが移っていました。
そこで、1992年登場の初代インプレッサに白羽の矢が立っています。
この初代レガシィも初代インプレッサもWRCに参戦することを前提に開発されたクルマではありません。
なので、初代インプレッサは急遽ラリー仕様に対応を迫られました。
そして1993年にインプレッサがレガシィに代わりWRCに参戦しています。
日産ディーゼルからきた川合勇氏は1990年より就任ですから、もしも川合氏の決裁が関連しているとしたら、WRC参戦車両としてインプレッサを選定する際の決裁でしょうね。
2000年に2代目GD/GGインプレッサが登場しますが、このモデルはWRC参戦を前提に設計されています。
1995年あたりから開発をスタートしていますから、川合氏の決裁が関わっています。
1996年に日産自動車の常務であった田中毅氏が富士重工業の社長に就任します。
退任する2001年までの間、スバルのWRCを中心としたプロモーションに関わっています。
ここまでは、間接的ではあれ日産の息がかかっていたといってもいいかもしれません。
しかし、日産の経営危機により2000年に日産はスバルの株式を売却します。
2001年に社長となった竹中恭二氏はスバル社内からの生え抜き社長となっています。
その後、スバルはGMとの関係が強くなりましたが、そのGMも経営危機となり2005年に保有していたスバル株式20%を売却。
そのうち8.6%をトヨタが引き受けた形で現在に至ります。
話を整理すると・・・ スバルは日産系列ではあったものの、1988年頃に開発を開始した初代インプレッサの登場に日産は直接関わっておらず、日産からのWRCへの参戦指示もありません。
日産ディーゼルから来た川合氏は1990年からなので、インプレッサの開発指示に関わっていません。
但し、経費を使うモータースポーツ活動への投資は、取締役会決裁のものもあるでしょうから、1993年に初代レガシィに代わって初代インプレッサでWRCに参戦する際の決裁に川合氏が関わっています。
これはスバルのブランディングに大きく関係していますが、日産からの直接の指示ではないはずです。
その後の田中社長も日産出身ですが、2代目インプレッサには大きく関係しておりWRC路線を継承しています。
しかし。
これも日産からの直接指示はないはずです。
こんな感じでいかがでしょう? <時系列> 1984年頃 初代レガシィ開発開始 1988年頃 初代インプレッサ開発開始 1989年 初代レガシィ登場 1990年 初代レガシィ WRC参戦 1990年 川合勇社長(前職 日産ディーゼル社長) 1992年 初代インプレッサ登場 1993年 初代インプレッサWRC参戦 1995年頃 2代目インプレッサ開発開始 1996年 田中毅社長(前職 日産自動車 常務取締役) 2000年 2代目インプレッサ登場 2000年 日産がスバル株式売却しGMが20%株式取得 2005年 GMがスバル株式売却しトヨタが8.6%取得 2007年 3代目インプレッサ登場

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「スバルは1989年 大赤字で経営危機に陥り日産から社長が送り込まれ、新社長の下で WRC参戦など積極的なブランド確立に動き、インプレッサも登場」。

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