漫画『ジャイアント台風』 ~ニューヨークの7人の悪魔~ 実際での対戦成績 ※シングルマッチのみ挙げます。
ただし海外ではフィニッシュホールドを記録していない事がほとんどなので、どんな勝ち方をしたかはわかりません。
ご了承ください。
○は馬場の勝ち。
●は馬場の負け。
▲は引き分けです。
【① エドワード・カーペンティア】 ○1962/04/30 ニュージャージー州トタワ (反則) ●1962/05/09 ニューヨーク州コマック (反則) ?1962/07/03 コネチカット州ブリッジポート (試合結果は不明) ●1962/08/06 ニューヨーク ●1962/08/15 メリーランド州ヘイガースタウン ●1962/12/10 ニューヨーク ?1962/12/15 ペンシルバニア州フィラデルフィア (試合結果は不明) ●1962/12/15 ニューヨーク州ウエストヘンプステッド (ダブルヘッダーの試合だった? 米国ではともかくメキシコではよくあります) 結果だけ見れば、カーペンティアは体格差などものともせず、馬場に分がよかったようですね。
ジャイアント台風では1本目フォール→2本目を気絶したまま試合放棄で完敗してるんですがw 蛇足ですが、1963年からは春先までにかけて、2人仲良くタッグを組んで共闘してましたw 【② プリモ・カルネラ】 対戦が無いのは前回の回答どおり 【③ スカイ・ハイ・リー】 対戦が無いのは前回の回答どおり 【④ヘイスタック・カルホーン】 ●1963/05/01 秋田県由利本荘 (反則) ※第5回ワールドリーグ公式戦 ●1963/05/10 岩手県盛岡 (反則) ○1963/05/17 東京・東京体育館 (リングアウト勝ち) 漫画では、ライバルのブルーノ・サンマルチノがバディ・ロジャースを破りWWWF王者となった試合を馬場がリングサイドから見守り、勝ったサンマルチノに宣戦布告。
それをマネージャーのアーノルド・スコーランが挑戦を認める条件として7人の悪魔との対戦を命じたワケですが、その試合が行われたのは1963年5月17日です。
あれ? 馬場は東京でカルホーンと試合してるんですがww しかも、漫画ではカルホーンが記者から馬場の印象を尋ねられた時の返答が「ナニ?日本ノ馬場? 知ランネ。
聞イタコトモナイ」 …って、日本で戦ってるし! 漫画での対戦では馬場がリングアウトで勝っているので、ここだけは史実どおり? 【⑤ ハッピー・ハンフリー】 対戦はありませんでした。
【⑥ アーニー・ラッド】 ○1970/10/29 大阪 ※ヒザを怪我してて実力を発揮できなかったらしい ○1980/08/07 東京・後楽園ホール ウェイトオーバー気味で精細を欠いたらしい 漫画では1963年~64年にかけての試合で激突しているのですが、実際には… 1963年3月8日カルフォルニア州サンディエゴで、戦うどころか仲良くタッグを組んでましたw 1964年2月29日カルフォルニア州サンバーナディーノ、3月10日ロングビーチでもタッグを組み、3月14日には2人でWWA世界タッグ選手権に挑戦までしてるしw ちなみに、1968年にヒールターンするまではむしろ正統派、ベビーフェイスとしてファイトしてました。
アメリカンフットボールとの2足のわらじでプロレスをし、アメフトではオールスター戦に出場するほどのスター選手だったので、それゆえにクリーンなイメージで売っていたのです。
悪魔だなんてトンデモない!(笑) ラッドは来日するたびに大物の1人として期待されるのですが、なぜかいつも体調が悪くて結果を残せていませんw 日本で言えば、プロ野球とプロレスを両立させるほどのスーパースターだというのにね。
(凄いことだけはわかっていただけたでしょうか?) 【⑦ ハンス・モーター(ターザン・ゾロ)】 ○1966/11/18 東京・リキパレス (リングアウト) ※ターザン・ゾロとして対戦 素顔であるハンス・モーターとしては対戦はありませんでした。
ターザン・ゾロを名乗って来日した際に(最初で最後の)シングルで対戦しています。