元東京の迫田七郎投手を知ってますか? 1964年 「迫田ってどんなピッチャーかい?」なに、ひねくれダマだって? それで速いんかネ、おそいんかネ」メンバー表を見ながら、別所コーチがケゲンな顔をした。迫田は昨年鹿児島・照国高からはいったテスト生。イースタンでは金田二世の半沢(9勝4敗)を上回る12勝4敗の勝ち星をあげ、ナチュラルに沈むタマを武器に「ひねくれダマの迫田」の異名でその変化球には定評があった。来シーズン期待の一番手として、東京が、オープン第一戦に起用したのもうなずけよう。「フォームがだいぶラクになりましたから・・・。腰の振りを小さくしてステップを開きぎみに直したんですが、それがよかったようです。シーズン中よりずっと投げやすくなりました」とニキビづらをほころばす。今シーズンは公式戦には12試合に登板したが、いずれもリリーフばかりで0勝1敗の星。「自分としてはやっぱり先発のほうがずっと好きです。きょうの先発は二、三日前からいわれてたんで乗り切ってきました」とケロリとした顔。イースタン時代はマウンド上でニヤニヤしたり、バッターをなめたような態度をみせるため「なまいきな野郎だ」といわれていたが、もともと図太い性格らしい。ことしは八月十日すぎに過労で一週間ほど休んだのがたたって、公式戦は八月五日の西鉄戦を最後にファームにおりたり、一軍ベンチをあたためるなど不本意なシーズンだっただけに「二年目の来年こそは・・・」のファイトを人一倍持っているようだ。桑田や近藤和はどうだったと聞くと「へへへ・・・」と逃げ出した。1㍍75、70㌔、十九歳、右投げ右打ち。