元ヤクルトの緒方勝投手を知ってますか? 1968年 ロッカールームは物音ひとつしなかった。しぼれば大粒のしずくがボトボト落ちそうなユニホームを着たまま、緒方は物をいわぬカベをみつめていた。肩からしたたり落ちる汗。「まだまだわかりません。勝負はゲタをはくまでわからないから・・・」緒方はポツリと口を聞くと、またカベに視線を向けた。五分、十分・・・。緒方は動こうともしない。かすか、ほんのかすかだが、風に乗ったグラウンドの歓声がロッカールームにしのびこんでくる。何を考え、何を思い出しているのだろうか・・・。「ガチョン(緒方の愛称)勝った、勝ったヨ。石戸が押えた」河村が、石岡が大声でロッカールームにとび込んできた。緒方は立ち上がった。汗が顔をおおう。「オレの初勝利は初登板だった。あの感激はいまでもわすれないヨ・・・」河村が手を差しだす。握り返す緒方。ノッポの石岡がほほえみを送る。頭をさげる緒方。二人とも、とっくの昔に味わっている初勝利の快感。だが、緒方の顔は地面のように青白い。昨年までの六年間は生きているバッティングマシンといわれるバッティング専門投手。夢にまでみた勝利投手の味を七年目に現実にして笑いも涙もストップしてしまったのだろうか。三人しかいなかったロッカールームに、ナインが続々と引きあげてくると、笑い声と歓声がガンガンひびく。緒方の手は、そうした連中からつぎつぎに握られていく。バッティング投手から第一線へ引き上げてくれた山根コーチ、逆転打を中前にとばした高山には「ありがとうございます」「サンキュー」と白い歯をみせて緒方のほうから手をのばした。ロッカールームのにぎわいに、勝利の味がようやく燃え上がってきたのだろう。だが、緒方はいった。「やめなくてよかった。やっていてよかった・・・」カクテル光線の消えた球場をバックに、ポツリと口を聞いた時は、数分前の笑いはないく、青白くひきつっていた。そして、そのホオにキラリとするものが流れていた。宮崎県児湯郡新富町には母親スミエさん(65)がおり、大分・別府には一月十一日に結婚した光子夫人(28)がいる。七年目にやってきた感激の夜。二か所ともけたたましい電話のベルが鳴ったことだろう。