元近鉄のミケンズ投手を知ってますか? 1961年 珍しく主審に文句をつけなかったミケンズが、十回裏一死後代打荒川が四球に出ると最後の外角きわどい球に対して猛烈にくってかかった。ホームベースの外角へんをスパイクでおさえて「ここに球が通った」とものすごいけんまく。マウンドにもどるとブルームが寄ってきて、2人でガムをクチャクチャかみながらわめきちらす。まるでプロレスの悪役コンビという感じだ。だが田宮を二ゴロにしとめてベンチに帰るとうってかわって上きげん。効果的だったのは「シンカー」とちょうど五日前のオールスター戦で優秀投手に選ばれたときと同じ答え。大毎のわずかなチャンス、八回の無死一塁も、十回の二死一、二塁もともに打者は田宮だった。オールスターでの殊勲選手同士の顔合わせ。「田宮?にが手じゃない。アメリカにはあれぐらいの打者たくさんいる」とミケンズは大みえを切った。それでも悪いと思ったのか、こんどはパ・リーグをほめだした。「いま日本でいいバッターと思うのはセではたった3人しかいない。長島と近藤(和)ソロムコだ。パには10人もいる。その中に大毎の選手が3人いる。だから強い」ミケンズはリリーフをいやがる。しかしこの日は去年まで「あいつの救援はいやだ」といって話題をまいたボトラのリリーフ。ミケンズはそれをきかれると、からだに似合わぬ小さな目をまるくして両肩をすくめ「オー」といったきりだったが、ベンチに残っていた千葉監督が助太刀した。「もう古い話はやめとけよ。それよりワシからミケンズにいってあるんだ。これから近鉄のスパートがはじまる。少しぐらい酷使するかもしれんからなって」