元中日の加藤斌投手を知ってますか? 1963年 真っ黒に日焼けした加藤が不満顔でこういった。「入団する前は研修制度ができて時間的な余裕がもてるとよろこんでいたんですが、どうも長すぎますね」一軍出場の資格が取れるのは九月。こんなつまらない束縛はないそうだ。というのも最近ピッチングに自信をつけたからだ。中日ではシーズンはじめから一軍のふんい気を味あわせるため、新人を交代で一軍の遠征につれて歩いている。加藤も後楽園や川崎にいってきた。試合前のフリー・バッティング投手をつとめ、背広姿せゲームをみてきた。だがもう一軍のお手伝い旅行はできなくなった。杉浦監督から命令が出たからだ。「研修あけしだい、一軍で使える状態にしておくようにと、大仕事を請け負ったんですよ」と杉山二軍監督はいった。ファームの主力投手であった竹中、野口の両投手が肩を故障したこともその登板数をふやす結果になった。「このところほとんど毎試合登板で疲れると思う。しかし、試合と試合との間隔がかなりあり、休養も取れる。暑いうちにスタミナをつけさせれば秋口にはいって調整はかんたんだ」杉山二軍監督は懸命だが、本人は案外気楽なもの。「この前(十七日)の対阪急戦で九回に一、三塁のピンチがあったんです。代打に一軍の石井(晶)さんが出て、ベンチでは敬遠しろといったんですが、ぼくは強引に勝負してサヨナラ・ヒットを打たれちゃった」とニヤニヤ笑った。このときはよほどしかられたらしい。シュートをきめ球に、沈む球も覚えた。だが「ウイニング・ショットを早く使いすぎて勝負球につまるんだ」(土屋コーチ)というのが現状。「一時間があがってきて持ち味が薄くなったのを、五月になってまたなおしたんだ。だからいまは腕が少し縮んでいるが、これぐらいならまずいいだろう」義兄である土屋コーチも人一倍の気づかい方だ。午前十一時起床、練習を終わると合宿のホールで一日中ブラブラすごす。杉山二軍監督のきびしい育成にまいるということもないようだ。勝ち星の内容もいい。5勝中四試合完投で、そのうちシャットアウト勝ちが三つ。「いままではバックがエラーしたり、ボーン・ヘッドが出て点をとられたりするとカッとなった。しかしもうそんなことより、つぎの打者をいかに料理するかに全力をあげます」という。それも捕手のサインにしたがって自分でくふうしていくそうだ。中日にとって加藤は終盤の追い込みにぜひ必要な投手である。