いすゞのアスカは、なぜ途中からスバルのOEMをやめてホンダのOEMになったのでしょうか?

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当時のいすゞのボスである、関さんの判断だと思います。 いすゞとスバルは80年代に共同でアメリカにSIAという工場を建てたり、提携関係にありました。国内でも、フローリアンのバンからの買い換え客のためにスバルからレオーネバンのOEM供給を受けて、ジェミネットⅡという名前で売ったりもしていました。 そして本来ならアスカの新型は初代のオペル・ベクトラをベースに作られるはずでしたが、対投資効果の問題(要は売れてない)や、GMに対する貿易不均衡の是正とか、いろんな理由があったんでしょう。いすゞは次期アスカの開発をやめてオメガやセネター、ベクトラといったオペル車の輸入に切り替えます。 しかしやはり値段が国産車のそれではないといことで、スバルからレガシィの供給を受けることにしたのでしょう。しかし、逆にいすゞ側からスバルに供給できるものがビッグホーンくらいしかなく、ギブ&テイクの関係が成り立ちづらい状況ではありました。 その後いすゞはその次に出したジェミニ系が大コケしてしまい、乗用車への投資をやめないと潰れるところまで追い詰められてしまいます。そこでジェミニもスバルから供給を受けることを考えたのだと思いますが、当時のスバルはまだインプレッサが出る前で、ジェミニのクラスには旧型のレオーネ・マイアしかありませんでした。だから他をあたるしかなかったのではないでしょうか。その結果ホンダと提携することになり、アスカのベース車もアコードに変わったということなんじゃないかと。サターンを国内で生産するプランもありましたが、実現したとしても売れたとは思えません。 しかしその後にデビューしたインプレッサの英字の車名ロゴは、いすゞのピアッツァのそれに酷似しています。そう考えると、やはり関さんの中に「スバルよりホンダ」と思わせる何かがあったのかも知れません。いすゞとホンダの提携は、いすゞ側の関さんの申し入れによるトップ会談で決められたはずです。

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