匿名さん
1980年の猪木VSウィリー戦は、極真・梶原サイドにウィリー負けブックを飲ませる事が出来ずに、引き分けブックで交渉成立になってしまったのですか? 猪木の第一期異種格闘技戦(ルスカ~ウィリー)では、アリとウィリーだけが引き分けで、それ以外は全て猪木の勝利。
その中には、オリンピック金メダリストのルスカもいる。
幾らその頃『空手バカ一代』のブームで極真カラテが台頭してきたとはいえ、柔道どころか、プロレスと比べても極真は、はるかにマイナー。
柔道オリンピック金メダリストのルスカに負けブックをのませる事が出来て、熊殺しで多少名が知られていたとはいえ、極真の世界チャンピオンでもない、ウィリーに負けブックをのませる事は、然程難しい事ではなかったのではないですか? それでも結果的に引き分けブックになってしまったのは、なぜですか?ウィリーよりも、極真や梶原一騎のバックについている裏社会勢力に恐れをなして、負けブックをのませる事が出来ずに、引き分けブックになったんですか?