匿名さん
元阪神の石床幹雄投手を知ってますか? 1966年 六月二十四日、神宮、札幌、川崎と九連戦の長い遠征に出る前のこと。
杉下監督が渡辺コーチと梅本ピッチング・コーチを呼んだ。
「石床は巨人相手に投げられるかいな」二人のコーチは「さあ」と首をかしげてニガ笑い。
「それじゃ産経相手に打者一巡くらいならいけるかな」両コーチの答えは、こんどはやけに自信たっぷりだった。
「それは絶対だいじょうぶです。
太鼓判を押してもいいですよ」この言葉で石床の遠征行きが決まった。
お目当ての産経戦、そのあとの巨人戦といっこうに声がかからなかったが、やっとこの日5-2とリードされた四回裏、杉下監督から「石床いけ」のうれしい声がとんだ。
「いわれたときは心臓がドキンとしましたが、マウンドにあがってみると、別になんとも感じませんでした。
外角へのシュートとスライダーがようキレていましたし、球がうまく低めに決まっていました」辻佳は「ミットをかまえたところへ、まず間違いなくきた」といい、大谷主審も「初登板というのにマウンドでも全然あがったところがなく、落ちついたプレートさばきだった」と度胸のよさをほめれば、杉下監督も「これで使えるメドがたった」とベタぼめ。
選択リストのトップにあげられながらなかなか試合に出られず、石床を推薦した佐川スカウトをはじめ首脳陣はやきもきの毎日だったが、当の本人はいっこうに平気。
「あせったってしょうがないことですよ。
高校でよかったからといってすぐ通用するとは思ってもみません」とサラリとしていた。
「登板の夢がかなえられたので、こんどは先発することです。
そのつぎ?さあ、やはり一つ勝つことです」表情は明るい。
が、ただ一人ネット裏で見ていた小柴スコアラーはしきりに首をひねっていた。
「ほとんどの球が変化しているが、自分で細工した以上に変化している。
これは握りが正常でないからだ。
いいか悪いかはなんともいえないがやはりどこかムリがあるはずだ。
長つづきするかどうか心配」ストレートと思って投げた球が変化することー石床が入団してから初めてピッチングを見た渡辺コーチも「危険だ」といっていたことがあった。
それがプラスかマイナスか。
これからの石床が証明することだろう。
公式戦初登板でありながら石床が好投したのは ①フォームができあがっていたこと ②2点差で負けていた気楽さ、この二つに原因があったようだ。
フォームができあがっているため、モーションがスムーズで、球のはなれもつねに一定していた。
コントロールが実によく、ほとんどの球が両サイドいっぱいにきまっていたのはこのためだといっていい。
スピードはそれほどあるわけでないが、アウトサイドにくる球がスライドしてコーナーをかすめ、インサイドにいく球はブレーキ鋭くシュートして落ちていた。
大洋の打者はこのシュートに完封されてしまった。
石床の持っている球のうち、このシュートがもっとも威力があり球威も十分だった。
まだからだはできあがっていないが、将来性は十分ある。
バック・スイングが少し小さいが、これもこれから勉強すれば、フォームがすなおだけに、いくらでもよくなるだろう。
もちろん、スピードもこれからの努力次第でもっと出るはずだ。
素質もあり、コントロールがあるのだから、これから阪神がチャンスをみてどんどん使っていくなら、必ず堀内、森安につぐすばらしい新人投手ができあがることだろう。
別当薫