ホンダ・オデッセイは2013年11月のモデルチェンジから、なぜ両側スライドドアになったのでしょうか?

ホンダ・オデッセイは2013年11月のモデルチェンジから、なぜ両側スライドドアになったのでしょうか?

ホンダ・オデッセイは2013年11月のモデルチェンジから、なぜ両側スライドドアになったのでしょうか?

車としてのパッケージを見れば ジェイドがオデッセイになるはずだった、 と考えるのが自然です。そう思いませんか? では今のオデッセイは一体? →これはエリシオンクラスの後継車種だったのではないか? というのが私の個人的な分析です。 本田技研には 本田技術研究所という子会社があることはよく知られていますが 実はこの中でアシモもホンダジェットも新車開発も二輪開発も全部やってます。 こう書くと何ら、おかしいことが無いように思えますが トヨタや日産、いや世界中の自動車メーカーらは 別会社の研究所があってもそこでやってるのは 基礎研究や技術研究であり、 商品となる新車開発は本社の開発部門が行っているんです。 しかしそれがホンダでは別会社の研究所がやってるんですよ。 本社が関知できないんです。 なので、売れるモノや流行りモノではなく、 技術者が作りたいもの、面白いと思うもの というプロダクトアウト型のフローになっているため、 ある時はヘンテコな車が発売されたたり、 またある時は、どうしてこうなった?みたいな車が出てきたりするけれども 時々、ど真ん中ストレートの剛速球を投げてくるときがあり、 かつての初代オデッセイや初代ステップワゴン フィット、NBOXなど トヨタですら対応できないくらいの大ヒット車になる、 そうやって一点突破で突き進んできた会社です。 この技術者が作りたいモノを作る、というのは 他社ではできないことです。 そんなことをすればたちまち、同じ会社の中の営業部が口を出し、 そんな売れないモノはヤメロというからです。 技術者が雑音に惑わされずに作りたいモノを作るとは まさしく、本田宗一郎がやっていたことであり、 そうやってスーパーカブが生まれ、 CVCCのシビックが生まれ、 VTECエンジンが誕生し アシモが歩き、 ホンダジェットが空を飛んできたわけです。 いま売れるモノより、 今まだ世の中にないものを作る、 本田技研は本来はそういう集団です。 なので、オデッセイはやはりスライドドアではなく オデッセイなのである、 というのが技術者の作りたいモノであったのだと思います。 代わりに、スライドドアのミニバンを開発したが 研究所が開発した車を見て 本社は、オデッセイをジェイドとし、 そのエリシオンクラスの後継車をオデッセイにした、 こういうことではないかと思っていますけどね。

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