元南海の森中千香良投手を知ってますか? 1963年 試合前のベンチで森中は鶴岡監督の隣にすわっていた。近鉄ベンチをのぞき込むように光っている監督の目と、女性のようにやさしい森中の目が対照的だった。「オイ、先発はオマエやで。きのういったとおりや。まさか忘れてへんやろな」という監督に森中は静かに答えた。「ハア、だいじょうぶです」試合はこの森中の一人舞台で終わった。プロ入り六年目ではじめての完封勝利。二回表にとんだブルームのたった一本のゴロのヒットがなかったら、ノーヒット・ノーランができるところだ。それでも森中は落ちつきはらった目と静かな言葉でしゃべった。「野村さんのサインどおりに投げたんです。それだけですよ。それをこんなにかこまれて・・・。悪い気はしないけど困っちゃうな。そりゃあ調子はよかったです。ストレートやカーブもシュートもみんなよかった。だからシャットアウトできたんでしょうね」まるで人ごとのようだ。プロのマウンドをふんでから一度も捕手にグチをいったことがない不思議な投手。四人兄姉の三男坊。すぐ上の兄さんと妹さんが四年前から新聞のスクラップをしている。記録を見ながらときどき励ましの声をかけるのは妹さんの役目。六年目だが、公式戦に出たのは四年前から。そのスタートの年が5勝。それから11勝、10勝と安定したピッチングをつづけてきている。だが心中では10勝投手に不満だ。「いくらたまに好投しても、投手はやはり20勝せなあかんよ。10勝じゃまだ一人前じゃない。ちょうど半人前だもの」ときどき妹さんのスクラップをのぞいているから自分の成績に詳しい。去年は一度も完投はなかった。リリーフで九つも勝って、あとひとつが先発。結局スタミナがなかったんや。だからことしのキャンプは一生懸命やりました。一にスタミナ、二にもスタミナでね・・・」プロ入り27勝目ではじめてシャットアウトできたのは、この猛練習のせいだ。「ことしは調子がいいです。やれそうです。こんなにいいスタートを切ってとび出したし、ことしこそおとなのグループ(20勝投手)の仲間入りしなくちゃ・・・」六年間気が弱いヤツといわれてきたが元気にいった。野村も手ばなしでほめた。「あいつ(森中)は、ほんとうに力のあるヤツなんや。このあとの東映戦が楽しみやね」