元大洋のグルンワルド投手を知ってますか? 1962年 いつもは試合後球場正面入り口の前は阪神選手の帰りを待つファンでいっぱいだが、この日は半分くらいが大洋のマックとグルンをとりまいてゾロゾロ歩きだした。日本の選手はサイン帳を出されても黙っていってしまうことが多いが、ふたりはすごくあいそがいい。「コンニチワ」「どうですか」などといっては、女学生がさし出す手帳をまるで握りつぶすような感じでバカでかい手にのせてサインした。「陽気だな。じいさんみたいな顔をしているが、気持ちは十代だ。美声をみんなにほめられると得意になって歌をうたう。気がいいんだね」と入谷コーチ。気のいい、陽気な男はみんなが電車のくるのを待っているのにひとりで球場の横でサインをつづけている。「変化球がよかった。カーブとチェンジアップがほとんど。阪神の打者がきれいにチェンジアップにひっかかってくれたので助かった。速い球?日本の選手には少しくらいのスピードだけでは通用しない。暖かくなってきたからもうぼくらの天下だ」ヒゲだらけの顔に目だけがキューピーの目玉みたいにまんまるで若い。日本の打者の話になるとその目玉がクルクル動く。「まだ名前と顔が一致しないので、どれがいい打者だかわからない。しかしアメリカで聞いていたよりはるかにうまい。だから変化球中心で目先を変えなければダメだと思った」グローブのような左手を見せ、手首をグリグリ動かして、通訳のスタンレー橋本をつっついた。「これがオレの宝といえといってる。カーブを投げるとき手首が変な曲がり方をするでしょう。彼は左手をすごく大切にするよ」そのためグルンはグラウンド外の事は全部右手でぎこちなくすませている。「日本の生活?グッド。日本の野球?ベリー・グッド。オール・ベリー・グッド」だれにきかれても録音してあるような返事だが、ゆううつなことが一つある。かも居に頭をぶつけてばかりいることだ。「頭がこわれちゃうね」と大声で笑った。 阪神を三安打で押えたが、グルンのピッチングはまだほめられない。左腕特有の外角へのシュートがないし直球にもスピードがない。せっかくの大きなからだ(1㍍94、80㌔)が全然生かされていない。ステップが小さく、右腕もないのと同じ。阪神が打てなかったのは全投球数の70㌫くらいをしめる変化球にごまかされていたからだ。ナックルとチェンジアップにとまどって、からだをのり出し、泳いで打っていた。グルンを打ちくずすにはまずよび込んで打つこと、そしてタイミングをはずされないことだ。