ジャンボ尾崎氏は野球選手として大きくありません。 野球が出来なくなったのではなくプロのレベルが、あまりに高いので、ついていけなくなっただけです。 甲子園の優勝投手でも、プロ入りしてくる選手は甲子園への出場経験はなくても、体力、技術ともにハイレベルでだったので、ついていけなくなっただけです。 それでも、2軍でしっかり鍛え上げでも貰えたら良かったのですが。黒い霧事件により主力選手がいなくなった西鉄は、技術の未熟な若手を起用していきます。 尾崎選手も起用されては、打ち込まれ投手としての自信をなくしていきます。 オフに主力選手が行くゴルフの球探しに連れていかれ。ゴルフと出合います。 プロゴルファーへの転向を考え、西鉄へ退団を申し入れます。選手不足でもあり甲子園優勝投手のドラフト1位選手を簡単に手放す事も出来ないので、西鉄は退団を了承しません。 そこで何人かの球団関係者が、尾崎選手の処遇について話し合います。その時に花井氏もいたのでしょうけど。 積極的にゴルフ転向を勧めた人間はいません。 最終的には、尾崎選手を引き受ける予定だったゴルフ場も西鉄に遠慮して尾崎選手の研修生受け入れを出来ない。との話になりました。 そこで主力選手であり尾崎選手をゴルフを教えて責任を取り、知人を通じて千葉県のゴルフ場に世話しました。 その選手は中西太選手です。 中西選手は打者として、尾崎選手がプロの投手として通用しない事を感じていました。 西鉄球団関係者、コーチは誰一人として尾崎選手のゴルフ転向を勧めていません。 当時のチーム事情が物語っています。 西鉄の本拠地の九州でプロゴルファーへの転向が許されす、結婚したばかりの身重の夫人を残し千葉県へのゴルフ場に研修生として行きます。 花井氏については、詳しく存じませんが野球選手として大きすぎる事はありません。確かに大柄な選手でした。