匿名さん
1973年12月。
アントニオ猪木は新日本プロレスを旗揚げしてから初めて団体の看板となるタイトルを奪取しました。
NWA世界ヘビー級選手権。
当時、NWA、AWA、WWF と並ぶ世界四大タイトルと言われて いましたが実態は北米カナダを拠点にしたローカルタイトルでした。
猪木はなぜこのベルトに目を付けたと思いますか? 私の推測を記すと猪木の思い付きとひらめきだったと思うのです。
ベルトならばバレンタインと激闘した時のUSヘビー級やゴッチから継承した世界ヘビー級のベルトもあ った。
しかし、猪木はまだ色の付いていないベルトを求めたと思うのです。
新間、北米にNWFってあるよな。
NWっていうくらいだからNWAと同等の価値があるとファンに思わせる武器になるかもしれない。
直ぐに買い取れ。
行ってこい!!ダーッ♪ 分かりました、社長!! こうして300万円でNWFを買い取った。
そんな気がするのです。
ネームって大事ですね。
タイガーマスク、ウルトラセブン。
セブンは失敗したけど( ^∀^) NWFのNはNWAのようにナショナルではなくてノースアメリカンだった。
そんな事は当時のファンにはどうでも良かった。
あのネーミングとベルトデザインで凄く価値のあるタイトルだと刷り込まれた。
猪木一流の戦略だったと思うのです。
試合内容で価値を高めてNWAに匹敵するタイトルに昇華させた。
週刊ファイトの井上編集長が当時、NWAと NWFの違いとはその最後のロゴが1番目か6番目かの違いだけだと言ったように。
300万円は安い買い物だったと思います。
プロレスファン、ベルトコレクターに聞きます。
アントニオ猪木が旗揚げ間もない新日本プロレスの看板タイトルにNWFを選択したのは戦略あっての事だったと思いますか?良かったら回答よろしくお願いします