匿名さん
中日ドラゴンズの栄光と低迷についての質問です。
まず、落合博満の監督時代にはBクラス転落が一度もなく、8年間で優勝5回、日本一1回でした。
落合辞任後は2012を除いてはずっとBクラスですが、Bクラスが指定席となった原因は、落合時代に酷使された選手、特に投手陣が故障したことが大きいのでしょうか? 次に、落合の後任監督になった高木守道は2回中日の監督をやりましたが、いずれも頂点に立つとはできませんでした。
特に、2回目は選手やコーチとの騒動が話題となり、試合終了後のインタビューで選手を名指しして敗因の原因になったと言ったり、ベンチで口論する姿がライブ中継されるなどありました。
このような騒動が起こったのは、コーチや選手が監督の言うことを聞かなかったから起こったのでしょうか?それとも、高木守道が1994年の10.8決戦で敗れた教訓を活かすために、そうしたのでしょうか? 最後に、谷繁に兼任監督をさせるよりは、高木守道に5年くらい監督をさせていた方がうまくいったと思いますか?