以下の質問で、最後のご回答をいただいた直後に質問が投票に 回ってしまい、返信を書き込むことができませんでした。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12148451387 残念ながら納得がいかず、引き続き質疑応答を続けさせて いただければと思いました。ご理解いただければ幸いです。 >(「たとえば、捕球した一塁手が一塁ベースを踏んで走者が >アウトになるケースで、一塁手がわざわざ走者にタッチ >するのを見たことがありますか? タッチは必要ないので、 >見ませんよね。二塁ベースやホームベースでも、この事情 >は変わりません」 という私の返信を受けて) >事情は変わるんですよ。このスペースではとても説明し >きれないので、下記をご参照ください。 >https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212487817 >https://g-forum2.com/boys/ru-ru-kouza/ru-ru-mokuji.htm#4 ↑の後者の冒頭文を転記しますと: ―――――――――――――――――――――――――――――――― (A) タッチプレーというのは、ボールを持った野手がランナーをアウト にするためにそのランナーにタッチする行為(動作)の事です。 (B) タッチをしなければアウトにできないような状況を指し示す言葉 としても「タッチプレー」という言葉が使われます。(抜粋元の5行目 以下~最終行までこの (B) の説明に宛てられています。) ―――――――――――――――――――――――――――――――― (A) はルールに属する事柄だろうと思います。捕球者 (ないし送球を 受けた者) が走者をアウトにする方法は2つあり、一つは走者よりも 早くベースに触れること、もう一つは走者がベースに触れる以前に ボールを持った手を走者にタッチすることです。(A) はそのルールの 説明として理解できます。 一方、(B) はルールに属する事柄ではなく、八百長を正当化するための 規約を記したものではないでしょうか。その証拠に、この (B) に続く 説明文は明快な判定基準を与えるものでは決してありません。 たとえば、 >では、どんな時にタッチプレーが必要なのか。 >よく言われるのは「塁が詰まっていないとき(一塁or一・二塁or満塁 >以外のとき)」ですが、実はこれは一言でそう断言できるほど正確な >表現ではありません。塁が詰まっていてもタッチプレーが必要ない >場面もあるからです。 >自分は個人的には「ランナーの行動に義務がない時はタッチプレー」 >と理解しています。(中略) >野球のプレーにはいろんなケースがあり、一つ一つ具体例を挙げると >キリがなくなってしまいますから、これ以上の例示はしませんが、 >ランナーが義務で走っているのか、自分の意思で(自由に)走っている >のかに着目してみれば、タッチが必要かどうかは自然と分かってくると >思います。 ↑のような曖昧でいい加減な説明を読みますと、野球に入門したての少年 なら 「僕はまだ経験が浅いから良く分からないんだ」 と謙虚に思うこと でしょうが、野球放送の累積視聴年数がけっこう長い大人で以下のように 思わない人は少ないのではないでしょうか。 「“ケース・バイ・ケースで判断基準が異なる” “野球に習熟した者しか分かり ようのない事柄”と言い聞かせ、どんなケースでも審判の判定で承服させる ための規約なのだろう。」 「野球は審判が八百長班 ―― 審判は球界から回ってくる裏金を取るポスト だということ ―― だから、何であれ審判と球界の都合の良いように出来て いるのだろう。本当につまらない事だね。」 いわゆる球界人は八百長ゲームを眺めてご満悦なのでしょうが、一般の 視聴者にとっては八百長を眺めさせられて過ごすのは腹立たしいもので、 情けない気持ちで一杯になります。 野球のルールから八百長を正当化するための規約を排し、基本的なルール のみとする ―― たとえば、タッチの扱いは (B) を排して(A)のみとする ―― なら、一般の視聴者でも野球という競技を理解することができます。 審判の判定もその時々で納得でき、首を傾げずに試合を視聴できます。 それが (八百長イメージが強いせいで客離れがひどくなる一方の) 野球という競技の人気を取り戻すための必要条件ではないでしょうか。