元大洋の高橋重行投手を知ってますか? 1965年 試合前、とてもうれしいことがあった。食堂で仲間と雑談をしていると「高

元大洋の高橋重行投手を知ってますか? 1965年  試合前、とてもうれしいことがあった。食堂で仲間と雑談をしていると「高

元大洋の高橋重行投手を知ってますか? 1965年 試合前、とてもうれしいことがあった。食堂で仲間と雑談をしていると「高橋さん、Aさんという人が面会にきています」と球場の従業員が伝えにやってきた。「Aさん?知らないな。だれだろう」首をひねった。その人はB放送局のプロデューサーで、毎年年末に行うプロ野球選手紅白歌合戦に出場してほしいということを申し入れにきたのだった。この歌合戦に出場する選手は各チームのスターばかり。高橋は自分にそんな声がかかったのがひじょうにうれしかった。形式的に一応辞退したが、秋山、近藤和、桑田もいっしょにでると聞いて、申し出を承諾した。マウンドへあがるとなにかものすごい自信がわいてきたような気がしたそうだ。「きょうはカンがすごくさえており、やることがすべてうまくいきました。四球は1個もなかったでしょう。試合前から完封とまではいかなくても、完投できそうな気がしていました」七月三日の中日戦以来、百二日ぶりの完封勝ちなのでことばは勇ましかった。「これで19勝。残りゲームもまだけっこうあるし、20勝はいけますね」自分でそういってニコニコ笑った。王と首位打者争いをつづけている江藤には四打数二安打。意義したかという声に「いや、別に。ただ、一生懸命投げました。しかし、江藤さんはうまい。最初のはカーブ、二本目は内角ベルト辺のストレート。一、二塁間へもっていきましたが、あれなどはもう完全にこうです」と帽子を脱ぐマネをした。「巨人戦に全力を出し切ったあとの中日だけにつぶしやすかったんですよ」そういってフロへとび込んだ。おけの響く音にまじって、ハナ歌が聞こえた。心は歌合戦にとんでいるようだ。

高橋重行投手 1978年 ・33歳というのにいまだに独身。大洋の独身会副会長を張る通称「シゲさん」は、いま必死だ。90キロも体重がある太っちょで、温和なシゲさんが目の色を変えるのにはわけがある。というのも9年ぶりの二けた勝利がぶら下がっているのに、なかなかつかまえ切れないからだ。7月4日、横浜球場でのヤクルト戦で、シゲさんは8勝目をあげた。42年に12勝をマークして以来、5勝、0,0、9,7、5,6と二けた勝利から遠ざかっていたシゲさんは、いったものだ。「ことしは夢のようだ。この分だと15勝ぐらいは狙えるな。そうなるとオレも夢にまで見た入団14年目にして1千万プレーヤーになれるぞ」。ところが白星はこれを機にシゲさんから遠ざかっていったのだーーーーーーーーー。 もともと、シゲさんはプロ入り14年間、大洋の一軍ピッチャーだった割に名前は売れていないし人気もない。理由はシゲさんがあまり人前にしゃしゃり出る方ではなく、おとなしい人柄だったからだ。確かに39年、千葉商を2年で中退してプロ入りしたシゲさんは、カッコよかった。183センチ、73キロと当時の姿はスラリとして美少年そのものだった。しかも、この年いきなり17勝をマークしオールスターにも選ばれたし、翌40年は21勝をあげている。速球一本ヤリでグイグイ、これがシゲさんの若かりし頃だった。だが、いまはーー。体重も年々増えて、当時より17キロ増の90キロ。そしてスピードも衰えて、スローカーブが武器になった。「な、だからこの年になって2けた勝利なら面白いだろ。オレのこと、みんなへェーッと思うだろ。だから、どうしても10勝はしたいんだ」というシゲさんである。得意の球はスローカーブである。それも超がつくような代物だ。速球を投げる時と同じ速さで腕を回転しながら、ボールはファッと飛んできてホームベース直前で落下する。日本球界広しといえども、誰もマネのできないシゲさんならではの決め球だ。シゲさんは、この球を説明するとき、「オレのインチキカーブは14年間で覚えたもの。そう簡単には打たれる気はしない」と笑う。外国人の強打者を牛耳るのが得意だが、腕力のある外人選手にとっては、「ストレートならいくら速くても打ち返せるが、タカハシのあのカーブだけはイヤだ」・・ヤクルトの主砲マニエル・・と嘆くのである。今シーズンに入ってシゲさんが突然変異的に復活した原因はというと、「そうねえ、実をいうと何にも変わっちゃいないのよ。でも、あえて原因をいえばコントロールがよくなったことかな。昨年まで得意のスローカーブを投げても、ボールになることが多かった。打者のタイミングをはずしても、ボールになるんじゃ、勝てるわけないものね」。8月18日現在、シゲさんの勝利は依然8勝で停止したまま。残りゲームはあと30数試合もあるといっても、そろそろシゲさんの顔にイラ立ちの表情が始まった。「早くポンポンと2つ勝って1勝したいよ。焦るなあ」9年ぶりの二けた勝利復活へ執念をみせるシゲさん。「今年、10勝すると実は自分自身の励みにもなる。だってオレは45歳、いや、50歳近くまで野球をやるつもりだからね」と、その胸の内を打ち明けた。

A1に関する回答

【動画】車・バイクニュース

【動画だから100倍楽しめる】YouTube車・バイク動画(すべて見る)

見て楽しむニュース

【動画だから100倍楽しめる】見て楽しむ車・バイクニュース(すべて見る)

【速報】車・バイクニュース

完全無料で話題の車・バイクニュースがすぐに読める(すべて見る)

【話題】今話題の動画

SNSで1000いいね!以上の話題の動画(すべて見る)

この質問に答えてみる

元大洋の高橋重行投手を知ってますか? 1965年  試合前、とてもうれしいことがあった。食堂で仲間と雑談をしていると「高

元大洋の高橋重行投手を知ってますか? 1965年 試合前、とてもうれしいことがあった。食堂で仲間と雑談をしていると「高橋さん、Aさんという人が面会にきています」と球場の従業員が伝えにやってきた。「Aさん?知らないな。だれだろう」首をひねった。その人はB放送局のプロデューサーで、毎年年末に行うプロ野球選手紅白歌合戦に出場してほしいということを申し入れにきたのだった。この歌合戦に出場する選手は各チームのスターばかり。高橋は自分にそんな声がかかったのがひじょうにうれしかった。形式的に一応辞退したが、秋山、近藤和、桑田もいっしょにでると聞いて、申し出を承諾した。マウンドへあがるとなにかものすごい自信がわいてきたような気がしたそうだ。「きょうはカンがすごくさえており、やることがすべてうまくいきました。四球は1個もなかったでしょう。試合前から完封とまではいかなくても、完投できそうな気がしていました」七月三日の中日戦以来、百二日ぶりの完封勝ちなのでことばは勇ましかった。「これで19勝。残りゲームもまだけっこうあるし、20勝はいけますね」自分でそういってニコニコ笑った。王と首位打者争いをつづけている江藤には四打数二安打。意義したかという声に「いや、別に。ただ、一生懸命投げました。しかし、江藤さんはうまい。最初のはカーブ、二本目は内角ベルト辺のストレート。一、二塁間へもっていきましたが、あれなどはもう完全にこうです」と帽子を脱ぐマネをした。「巨人戦に全力を出し切ったあとの中日だけにつぶしやすかったんですよ」そういってフロへとび込んだ。おけの響く音にまじって、ハナ歌が聞こえた。心は歌合戦にとんでいるようだ。

※未入力の場合「乗り物好き」として匿名で回答できます。

※未入力可能

全角10文字以上4000文字以内