パラリンピックについてです。 種目によっては、本人の努力よりも、義足の性能で勝敗が決まると思いませんか? 特に幅跳びや100mなどは、本人の体力より義足の性能そのものですね。 だから、これらの種目は、何の感動もしません。発展途上の体力のある黒人選手などは結局 良い義足がないから、記録も出ないし、出場でさえ出来ないように思いました。 すなわち、医者がドーピングの研究することと、義足の性能を上げることは同じように思えます。 これらの共通点は、運動の能力を上げる道具の開発ですからね。本来の人間の能力ではありません。 以前、水泳での水着の水の抵抗が話題になりましたがそれと同じです。 私は、義足が金メダル? 誰でもちょっとの努力で取れるんじゃないの?そんな気持ちです。 同じ、義足でやることがフェアじゃありませんか? これじゃアンフェアと思いませんか?