元西鉄の田中勉投手を知ってますか? 1965年 3勝(4敗)の勝ち星すべてを東京相手にかせいだもの。「おとくさいさん? そんなことはない。めぐり合わせですよ」アイヌ人のように濃いヒゲの顔に汗がいっぱいだ。四月二十二日、五月四日の連続シャットアウト勝ちについで、この日は完投勝ち。「きょうはツイていた。はじめは毎回のようにランナーを出して苦しかった。二回アグリーが強肩で三塁にいた矢頭を刺してくれたしバックもよく守ってくれた。それに東京さんが内角のボールの球に手を出してくれたのも助かりましたよ」四回一死二、三塁、八田の中前へとんだヒット性の打球を高倉がファイン・プレーして併殺。たしかにツキもあったようだ。昨年も東京とともに北海道にきた西鉄。その寒さにこりてか冬じたくをしてきた選手たちは、十四日から急に暖かくなって暑さにカゼをひくのが続出した。田中勉もその一人。「カゼがみでからだはだるいしさっぱり球が走らなかった。最低のできです。よく最後までもったという感じですね」地方球場の試合終了後どこでもみられる光景。スタンドからどっとグラウンドにとびこんだ少年ファンに押されながら、流れ出る汗をふいた。ほりの深い男性的な顔のように、田中勉のピッチングはダイナミックだ。大上段から腰を軸に快速球を投げおろす。まるでホームベース前でワン・バウンドしそうな感じだが、手もとにきてボールはぐっとのびる。それと効果的なのは金田ばりの超スローカーブを多く織りまぜることだ。まるで東京打線をバカにしたような余裕タップリの感じだ。「去年は東京にあまりよくなかった。ことしは横のゆさぶりがうまく成功しているようだ。東京のバッターはこれに弱いよ」それだけいう人ごみをかき分けるようにしてバスに急いだが「東京以外から勝たなきゃ笑えんよ」というようにニコリともしていなかった。