元産経の佐藤進投手を知ってますか? 1965年 ベンチのすみでブスッとした顔をつきだしていたのは試合前だった。「阪神は村田さんばかりをマークしている。オレという投手がいることはもう忘れてしまったのかな」昨シーズンは金田(現巨人)につぐ勝ち星の10勝。だが今シーズンはさっぱり芽がでず、負けが二つあるだけだ。その原因は野球とはまったく関係がない。典子(のりこ)夫人と結婚した昨シーズンのオフ、ボーリング場でのデートで右ヒジをやられてしまった。「大きい声じゃいえないが一日に十五ゲームもやったんだから、こわさない方がどうかしている」五月中旬にはプロ入りはじめて二軍に落ちた。「女房にニギリメシを二十個もつくらせてイースタン・リーグのために埼玉県所沢市の西武園球場まででかけていった。朝の七時に東京・渋谷の家をでたがラッシュがこんなにすごいとは思わなかったね。いい社会勉強ができたし、投げ込み不足が解決できたのだからいいクスリになりました」三日間でダブルヘッダーをいれ四連投というはなれわざをやってのけた。このときの二十イニング三分の一無失点が買われてすぐ一軍入り。この日の先発をいわれたのは三日前だ。「きのうの夜中の二時ごろ、右ヒジがうずいてきたので女房にもませたんだ」阪神打線の研究も典子夫人といっしょに考えたという。「いまスライダーとカーブがよく決まっているが阪神は球に食いついてくる打者が多いのでうまくあわされるかもしれない。ぶつけてもいいからシュートをたくさん投げよう」二回の藤井、三回の安藤にぶつけたのもこのシュート。マウンドで「スマネエ」と大きなジェスチャアであやまっていたが、夫婦で考えた予定の行動だったわけだ。登板の前日にビールをあおったり、先輩にもズケズケものをいう。ナインからずうずうしいヤツとか北海道出身であることから北海の白クマというアダ名をつけられたくらい。「安藤のはかなり痛かったはずだ。シュートがもろに左モモにぶつかったんだ」完封勝ちは昨年の四月十五日以来、相手も同じ阪神だった。「ホームラン・バッターがあまりいないので巨人にくらべりゃ、ずいぶん助かる。ストレートはよくのびたし、適当にピッチングも荒れていた。これでやっと自信みたいなものがつかめたような気がする」朝樹が中飛に終わって一勝が決まると岡本とものすごい勢いでだきあった。「女房ともあんなにきつくだきあったことはないんだが男同士のだきあいはうれしいもんだね」