ジョーフレージャーのwikiに「1974年1月28日、モハメド・アリと北米王座をかけて、リターンマッチを行うが、不運な12回僅差判定負け(当時の世界戦は15回戦制)。 」とありますがなぜ12回で判定になるんですか? https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC
ジョーフレージャーのwikiに「1974年1月28日、モハメド・アリと北米王座をかけて、リターンマッチを行うが、不運な12回僅差判定負け(当時の世界戦は15回戦制)。 」とありますがなぜ12回で判定になるんですか? https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC
当時のタイトルマッチのラウンド数は、以下のように規定されていました。 世界タイトル:15回戦制 地域タイトル:12回戦制 ナショナルタイトル:10回戦制 アリ×フレイジャー第2戦でかけられた北米王座は、NABF (North American Boxing Federation/北米ボクシング連盟)という統括機関が認定したものです。 もともと世界王座認定機関だったEBU(European Boxing Union/欧州ボクシング連合)が認定する欧州王座、近代ボクシングが発祥した英国王座、旧大英帝国の植民地圏を対象とした英連邦王座は、例外として(根強く残るアメリカへの対抗意識から)15回戦制で行われていましたが、現在はいずれも12回戦制で行われている。 NABFが設立されたのは1968~69年とされており、WBAからの独立を宣言したWBCの下部組織として発足。米本土の主要な州と、カナダ、メキシコ(フィリピンから本部を引きWBCのお膝元となる)が参加しました。 アリは3年半ぶりとなるジェリー・クォーリーとの再起戦(1970年10月26日)を、いきなり15回戦で戦わなくてはならなかった。相手はヘビー級のトップランカーです。現在の常識では考えられない、厳し過ぎるマッチメークですが、それだけアリの存在は突出していた。 ボクシング界から排除されていた間も、アリは事実上の世界チャンピオンとして認知されており、不在の間に王者となったスモーキン・ジョー・フレイジャーとの対決が、真のNo.1を決めるために不可避となっていただけでなく、チューンナップの相手も無名の格下を選ぶことが許されない。 クォーリーを得意のジャブで血まみれにし、3回TKOに屠って再起したアリは、僅か1ヶ月半後の12月7日、タフで鳴らしたオスカー・ボナベナ(やはり世界ランカー)との15回戦に臨み、南米の猛者の反撃に苦しみながらも、最終15Rに左フックのカウンターをヒットして劇的なKO勝ち。 翌1971年3月8日、ニューヨークの殿堂マジソン・スクエア・ガーデンで、ついにスモーキン・ジョーと相まみえる。 フレイジャーによもやのプロ初黒星を喫した後、4ヶ月後に早くも復帰。かつてのスパーリング・パートナーだったジミー・エリス(当然現役の世界ランカー)と、アストロドーム(テキサス州ヒューストン)で戦うことになった。 エリスは盟友アンジェロ・ダンディがマネージャーも務めていたため、アリは急遽別のトレーナーと契約し、エリス&ダンディのコンビと対峙することになるわけですが、この試合をNABFが空位のヘビー級王座決定戦に承認する。 さすがのアリも、世界ランカーとの15回戦を延々続けるのは、心身の負担が大き過ぎた。この試合から、アリの地道かつハードなカムバック・ロード(北米王座の防衛戦)がスタート。 ①ジミー・エリス戦 1971年7月25日 アストロドーム/テキサス/TKO12R NABF王座獲得 ②バスター・マシス戦 1971/11/17 アストロドーム/テキサス/UD12R NABF王座V1 ③ユルゲン・フリン(独/スイス)戦 1971/12/26 チューリッヒ(スイス)/KO7R *フリンは前欧州王者/WBCランキングに入っていたこともある ④マック・フォスター(WBA10位)戦 1972/4/1 武道館(東京)/UD15R ⑤ジョージ・シュバロ(カナダ)第2戦 1972/5/1 バンクーバー/UD12R NABF王座V2 ⑥ジェリー・クォーリー第2戦 1972/6/27 コンベンションセンター/ラスベガス/TKO7R NABF王座V3 ⑦アルビン・ブルー・ルイス戦 1972/7/19 ダブリン(英/アイルランド)/TKO11R ⑧フロイド・パターソン第2戦 1972/9/20 MSG N.Y./RTD7R NABF王座V4 ⑨ボブ・フォスター戦 1972/11/2 ネバダ州ステートライン/KO8R NABF王座V5 *フォスターは現役の統一L・ヘビー級王者。 ⑩ジョー・バグナー(英)戦 1973/2/14 コンベンションセンター/ラスベガス/UD12R *欧州王者バグナーは当時の欧州最強。 ⑪ケン・ノートン第1戦 1973/3/31 サンディエゴ(カリフォルニア州)/●SD12R NABF王座陥落 *世界ランカーとはいえ、無名のアンダードッグに過ぎなかったノートンに顎を割られて大番狂わせの判定負け。引退の危機を世界中に喧伝された。 ⑫ケン・ノートン第2戦 1973/9/10 カリフォルニア州イングルウッド/SD12R NABF王座奪還 ⑬ルディ・ルバース(オランダ) 1973/10/20 ジャカルタ(インドネシア)/UD12R *ルバースは欧州ランカー ⑭ジョー・フレイジャー第2戦 1974/1/28 MSG N.Y./UD12R NABF王座V1(通算V6) *フォアマンに衝撃的なKO負けを喫し、世界王座を手放したスモーキン・ジョーとの再戦。「ヤツに負けたまま、フォアマンに挑戦するわけにはいかない」と語り、フレイジャーを指名。 「キンシャサの奇跡」で世界王座を取り戻すまで、3年余りの間に17戦をこなしたアリ。「世紀の対決」と銘打たれたフレイジャーとの第1戦(世界タイトルマッチ)を含め、15回戦が4回。 なおかつ17戦中、現役世界ランカーでなかったのは、アルビン・ブルー・ルイス、ユルゲン・フリン、ルバースの3人だけ・・・・・
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