元毎日の上野重雄投手を知ってますか? 1953年 野球都市で有名な八幡育ち、熊本で野球を習い

元毎日の上野重雄投手を知ってますか? 1953年  野球都市で有名な八幡育ち、熊本で野球を習い

匿名さん

元毎日の上野重雄投手を知ってますか? 1953年 野球都市で有名な八幡育ち、熊本で野球を習い九州学院で三年京城医専で二年、門司鉄道局で二年毎日で三年、合わせて投手経験十年である、力をつけたのは門鉄時代、その頃の門鉄チームには江藤、中谷、木塚(南海)片山(松竹)などがいた全盛時代で、ここで鍛えられ廿四年度の鉄道大会に優勝し、その十一月に毎日入りした、当時の評判は「速球投手上野毎日に入る・・・」ということだったから、速球で鳴らしていたに違いない。
ところが廿五年は七勝六敗、廿六年は六勝五敗で噂ほど働かない、廿五年は荒巻、野村、榎原に押され、廿六年は野村、佐藤、荒巻の陰になっていた腰の回転がかたく、フォームが乱れがちであったのと、偏食くる胃腸障害、この二つが速球を阻み、コントロールを乱す原因になっていたと思う。
それが去年の秋から今年のスプリングキャンプにかけてフォームの修正、力強い腰の回転、偏食から肉と野菜へ・・・といった努力を続けたのでフォームがよくなり、体力が強靭になった、そのため球速もつき、疲れが少なくしかもコントロールがよくなり、荒巻故障という投手陣のピンチを野村と共によく救い、十四勝六敗、勝率七割で毎日陣営の一位、防御率は三・二〇であったから大きな進歩である。
従来から上手投一本槍、前とくらべて少しステップが小さくなった程度で投法には変化はない、中二日休めば完投できるくらいの体力と肩を持っているが、ウォーム・アップは相当長い、試合中多投する球はホップする直速球、これがいい球質だけに効果がある球は自然にスライドする球を持っていたが、いまではほんもののスライダーを身につけて活用、直速球は浮いたり、のびる球になっている、ウィニング・ショットは低目を攻める直速球とスライダーになっているが、低めにいかず、腰の辺り高さになると、上手投のきれいな球だけに、たたかれる危険がある。
弱点を探せば変化球の少ないことと一本調子になる(チェンジ・オブ・ペースの修練が不足)ことであろう、そこでシーズンを通じてカーブの研究に没頭していたようであるが、これは賢明な対策である。
現在投げているのは直速球(浮いたり、のびがいい)シュート、カーブ(シーズン後半にいいカーブを見せていた)スライダーなどであるが、カーブとスライダーの混投を巧くやれば、もっと勝てる投手である。

知らなかったので調べました。
九州学院中から京城医専、大連満倶、門司鉄道局とアマチュア野球でプレーし、1950年に毎日オリオンズへ入団。
1年目に23試合を投げて7勝6敗とまずまずの成績を記録。
この年にチームはパリーグ最初の優勝チームとなり日本一も経験した。
翌年は6勝し、1952年には初の2桁勝利となる14勝を挙げている。
1953年途中に東急フライヤーズへ移籍し、翌年に引退した。
通算142試合登板 34勝30敗 防御率3.51 背番号 16 (1950年 - 1953年) 10 (1953年 - 1954年) 昔はスライダーを投げると腕の位置がさがり ストレートの球速が落ちる…と言われてました。
今の投手はそれを克服してますね。
投手の練習方法も進化してるようです。

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匿名さん

元毎日の上野重雄投手を知ってますか? 1953年 野球都市で有名な八幡育ち、熊本で野球を習い九州学院で三年京城医専で二年、門司鉄道局で二年毎日で三年、合わせて投手経験十年である、力をつけたのは門鉄時代、その頃の門鉄チームには江藤、中谷、木塚(南海)片山(松竹)などがいた全盛時代で、ここで鍛えられ廿四年度の鉄道大会に優勝し、その十一月に毎日入りした、当時の評判は「速球投手上野毎日に入る・・・」ということだったから、速球で鳴らしていたに違いない。
ところが廿五年は七勝六敗、廿六年は六勝五敗で噂ほど働かない、廿五年は荒巻、野村、榎原に押され、廿六年は野村、佐藤、荒巻の陰になっていた腰の回転がかたく、フォームが乱れがちであったのと、偏食くる胃腸障害、この二つが速球を阻み、コントロールを乱す原因になっていたと思う。
それが去年の秋から今年のスプリングキャンプにかけてフォームの修正、力強い腰の回転、偏食から肉と野菜へ・・・といった努力を続けたのでフォームがよくなり、体力が強靭になった、そのため球速もつき、疲れが少なくしかもコントロールがよくなり、荒巻故障という投手陣のピンチを野村と共によく救い、十四勝六敗、勝率七割で毎日陣営の一位、防御率は三・二〇であったから大きな進歩である。
従来から上手投一本槍、前とくらべて少しステップが小さくなった程度で投法には変化はない、中二日休めば完投できるくらいの体力と肩を持っているが、ウォーム・アップは相当長い、試合中多投する球はホップする直速球、これがいい球質だけに効果がある球は自然にスライドする球を持っていたが、いまではほんもののスライダーを身につけて活用、直速球は浮いたり、のびる球になっている、ウィニング・ショットは低目を攻める直速球とスライダーになっているが、低めにいかず、腰の辺り高さになると、上手投のきれいな球だけに、たたかれる危険がある。
弱点を探せば変化球の少ないことと一本調子になる(チェンジ・オブ・ペースの修練が不足)ことであろう、そこでシーズンを通じてカーブの研究に没頭していたようであるが、これは賢明な対策である。
現在投げているのは直速球(浮いたり、のびがいい)シュート、カーブ(シーズン後半にいいカーブを見せていた)スライダーなどであるが、カーブとスライダーの混投を巧くやれば、もっと勝てる投手である。

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