元中日の石川克彦投手を知ってますか? 1954年 岡崎高出身で二十歳。五尺九寸十九貫「ヤング」とアダ名されるタフな大男

元中日の石川克彦投手を知ってますか? 1954年  岡崎高出身で二十歳。五尺九寸十九貫「ヤング」とアダ名されるタフな大男

元中日の石川克彦投手を知ってますか? 1954年 岡崎高出身で二十歳。五尺九寸十九貫「ヤング」とアダ名されるタフな大男。しかもたまに映画を見るほかは寮で休養する摂生家。二十七年春卒業してドラゴンズに加入、二年間コーチをうけたり、研究したりゆっくり力をつけ二十八年度から一績に進出して18勝4敗という好成績その躍進ぶりが他球団の新人投手達に「誰を目標にしているか?」と質すと「若い投手では中日の石川・・・」と答えるものが相当多い。その評価を裏づけるように今年も好調で、十日現在ですでに14勝5敗と大きく勝ちこしている。これは中日投手陣(八名)の挙げた48勝に対し約三割に当っているし、杉下(16勝)と二人で勝敗の六割をあげているのだから大したものだ。岡崎高の二年生で投手になったのだから今年で五年目の投手経験。もちろん身体のいいことも有利な条件ではあるが、それにしても高校を出た翌年早くも主戦投手となり、今年もつづいて好成績(現在までのペースでいけば21勝、22勝の見当)である「たね」はいかなる球種、球質であろうか?投法は上手投げが三、スリー・クォーターが二くらいの割合いで、ちょっと類の少ない速球で外角をつく球が三種類一つはのびる(ホップする)球一つは沈む球、もう一つはスライドする球、これが大きな効果をあげているが、これに加えて上手からのカーブがするどく落下するし、スリー・クォーターで投げる内角へのシュートが落ちるので打者にとってはうるさい投法である。よく見てみると好調な日はカーブを少なくし、速球で外角をつく球が武器になっている。さらに球速ののっている日は低めにきまれば真ん中へ入ってもあまり打たれていない。身体は大きいがまだ弱冠二十歳にしてはねれているしマウンドの態度がいい。打たれても、好調でも淡々としている。いい球と思ったのがボールに判定されてもムキになったり、妙な顔つきを見せたことがない。この原因は勝負強い性格にもよるが、実力に対する自信と野口捕手への信頼が大きな理由になっていると思う。そしてなんのためらいもハッタリもなく、びしびし投げこむので試合の進行が早い。二年つづけて好成績をあげるだけあってコントロールも投手守備も合格点ではあるが、こんごの課題としては、やはり完全なコントロール、単調をカバーするチェンジ・オブ・ベース、これに内野手に協力する投手守備、この三点をみがくこと、代表投手たる道もここにあると思う。 石川投手 きめ球は外角低目の速球で中沢さんもいわれているように低目にいけばどのコースに入っても打たれていない。春先きはこの球ばかりだったが暑くなるとやはり身体があるといってももたない。そこでカーブを研究している。少しスピードのあるのと極端にゆるいのと二つ。しかしこれはいまのところタイミングをはずしただけで、ここ一本というときはやはり速球ですよ。このカーブに手を出してくれればもうけもの。見のがされてボールになってももともとといったらくな気持ちで投げている。だがいまのように直球だけに頼る単調なピッチングではダメなので、第一にこのカーブを一番早くマスターしたい。チェンジ・オブ・ベースですがこれはあまりコントロールがよい方じゃあないし、第一投げる球(種類)が少ない。シュートして落ちる球も投げられるが、ヒジを痛めるので全然投げていない。ナマ意気ないい方ですが、中沢さんのチェンジ・オブ・ベース「Bの下」に対してコントロールの「Aの下」は不可解だ。この二つは絶対に切り離しては考えられない(直球のコントロールの採点なら少し甘いくらいだ)チェンジ・オブ・ベースが「Bの下」ならコントロールも「Bの下」になると思います。

知らなかったので調べました。 岡崎高校ではエースとして活躍。 1951年夏の甲子園県予選では準々決勝で時習館高に敗退、甲子園には出場できなかった。 高校同期に小沢重光、1年下に井上登がおり、いずれもプロ野球で同僚となる。 1952年に名古屋ドラゴンズに入団。 2年目の1953年には杉下茂に次ぐ先発投手として活躍。 18勝4敗、防御率1.09(3位)の好成績を残し、勝率.818で最高勝率のタイトルを獲得。 翌1954年は開幕投手として起用され21勝を記録、リーグ初優勝に貢献した。 西鉄との日本シリーズでは2試合に先発し1勝1敗、チーム日本一に力を添えた。 1955年にも17勝をあげ3年連続2桁勝利、防御率1.45(2位)を記録。 2年連続で開幕投手となり5連続完投勝利も記録している。 しかし、その後は故障もあって登板回数が減り、1959年限りで引退した。 引退後は中日、大毎でマネージャーを1970年まで務めた。 1971年に広中電機へ入社。 通算162試合登板 59勝25敗 防御率2.31 完封勝利が10回もあるようです。 タイトル 最高勝率:1回 (1953年) 背番号 35 (1952年) 11 (1953年 ‐ 1959年)

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元中日の石川克彦投手を知ってますか? 1954年  岡崎高出身で二十歳。五尺九寸十九貫「ヤング」とアダ名されるタフな大男

元中日の石川克彦投手を知ってますか? 1954年 岡崎高出身で二十歳。五尺九寸十九貫「ヤング」とアダ名されるタフな大男。しかもたまに映画を見るほかは寮で休養する摂生家。二十七年春卒業してドラゴンズに加入、二年間コーチをうけたり、研究したりゆっくり力をつけ二十八年度から一績に進出して18勝4敗という好成績その躍進ぶりが他球団の新人投手達に「誰を目標にしているか?」と質すと「若い投手では中日の石川・・・」と答えるものが相当多い。その評価を裏づけるように今年も好調で、十日現在ですでに14勝5敗と大きく勝ちこしている。これは中日投手陣(八名)の挙げた48勝に対し約三割に当っているし、杉下(16勝)と二人で勝敗の六割をあげているのだから大したものだ。岡崎高の二年生で投手になったのだから今年で五年目の投手経験。もちろん身体のいいことも有利な条件ではあるが、それにしても高校を出た翌年早くも主戦投手となり、今年もつづいて好成績(現在までのペースでいけば21勝、22勝の見当)である「たね」はいかなる球種、球質であろうか?投法は上手投げが三、スリー・クォーターが二くらいの割合いで、ちょっと類の少ない速球で外角をつく球が三種類一つはのびる(ホップする)球一つは沈む球、もう一つはスライドする球、これが大きな効果をあげているが、これに加えて上手からのカーブがするどく落下するし、スリー・クォーターで投げる内角へのシュートが落ちるので打者にとってはうるさい投法である。よく見てみると好調な日はカーブを少なくし、速球で外角をつく球が武器になっている。さらに球速ののっている日は低めにきまれば真ん中へ入ってもあまり打たれていない。身体は大きいがまだ弱冠二十歳にしてはねれているしマウンドの態度がいい。打たれても、好調でも淡々としている。いい球と思ったのがボールに判定されてもムキになったり、妙な顔つきを見せたことがない。この原因は勝負強い性格にもよるが、実力に対する自信と野口捕手への信頼が大きな理由になっていると思う。そしてなんのためらいもハッタリもなく、びしびし投げこむので試合の進行が早い。二年つづけて好成績をあげるだけあってコントロールも投手守備も合格点ではあるが、こんごの課題としては、やはり完全なコントロール、単調をカバーするチェンジ・オブ・ベース、これに内野手に協力する投手守備、この三点をみがくこと、代表投手たる道もここにあると思う。 石川投手 きめ球は外角低目の速球で中沢さんもいわれているように低目にいけばどのコースに入っても打たれていない。春先きはこの球ばかりだったが暑くなるとやはり身体があるといってももたない。そこでカーブを研究している。少しスピードのあるのと極端にゆるいのと二つ。しかしこれはいまのところタイミングをはずしただけで、ここ一本というときはやはり速球ですよ。このカーブに手を出してくれればもうけもの。見のがされてボールになってももともとといったらくな気持ちで投げている。だがいまのように直球だけに頼る単調なピッチングではダメなので、第一にこのカーブを一番早くマスターしたい。チェンジ・オブ・ベースですがこれはあまりコントロールがよい方じゃあないし、第一投げる球(種類)が少ない。シュートして落ちる球も投げられるが、ヒジを痛めるので全然投げていない。ナマ意気ないい方ですが、中沢さんのチェンジ・オブ・ベース「Bの下」に対してコントロールの「Aの下」は不可解だ。この二つは絶対に切り離しては考えられない(直球のコントロールの採点なら少し甘いくらいだ)チェンジ・オブ・ベースが「Bの下」ならコントロールも「Bの下」になると思います。

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