匿名さん
元南海の小畑正治投手を知ってますか? 1956年 勝利のきまった一瞬、飯田は喜びをおさえ切れないようなかっこうでエッサエッサとセンターからかけつけ小畑の肩をガッシと撫ぎすくめた。
マイクを持ったアナウンサー、報道陣、幾十人かが二人をとり囲んだ。
カメラマンの注文も二人にはしばし聞えない。
やっと我にかえった飯田は「大友君とはオールスター戦以来会っていないが、あのときのスピードとくらべたらきょうはまるで人が変わったようだ。
ぼくが打ったホームランも真ン中を外角へ流れるスライダーでいつもの大友君なら打っても当然ライト方面にしか飛ばないコースだった。
それがレフトへ引っぱれたんだからな。
おまけにあの直前監督さんが一塁側のコーチャー・ボックスで二段モーションじゃないかと大友をけん制してくれたし、そんなことが重なって打てたのだ。
死球?大丈夫さ。
ぼくがヒーローになるって?冗談じゃない。
こいつだよ」と小畑の肩を強くゆさぶる。
ずんぐりむっくりした小畑はだまってその言葉を聞いている。
「きょうの審判はセの島さんでしょう。
セはパにくらべるとボール一つだけ低目のストライクをとるということを試合前監督さんから聞いたのでそれならその低目で勝負してやろうと考えていた。
ところが一回トップの南村さんの1-2のとき低目いっぱいにきめたのだが島さんがとってくれない。
変だと思って松井さんに聞いてみて下さいと頼んで松井さんに聞いてもらったら島さんは球一つ低くまでとるというようなことはないという返事。
それがわかれば苦労して低目へボール・カウントを悪くしてもしようがないと思いカーブを多投した。
それが適当に高目に浮いたり、あっちへいったり、こっちへいったりしてコントロールが悪かったのがかえってよかったと思う。
千葉さんの顔を見ると急にストライクが出なくなるのにはユウウツだった」という。
若い若いといわれながらプロ四年生。
一昨年も日本シリーズに出場して六回まで2-1とリードしていたが後半逆転されたという経験もある。
呉三津田高出身、巨人広岡選手の後輩に当たる。
五尺六寸五分、十九貫五百、趣味はまったく何もない。
二十三歳。