元東映の八重沢憲一選手を知ってますか? 1971年 ー幸司(太田=近鉄)がことしもオールスター・ファン投票で一位になっ

元東映の八重沢憲一選手を知ってますか? 1971年  ー幸司(太田=近鉄)がことしもオールスター・ファン投票で一位になっ

元東映の八重沢憲一選手を知ってますか? 1971年 ー幸司(太田=近鉄)がことしもオールスター・ファン投票で一位になっている。しかしつらいだろう。プロ野球の世界は実力だけがすべてなのに、まだ1勝もしていないあいつがトップだなんて・・・。おそらく内心たまらない気持ちだろう。この世界はとにかく実力をつけないとダメ。いまはじっと捉えてチャンスを待つだけだ・・・。太田といっしょに三沢高からプロの世界に飛び込んだ東映・八重沢のノートにはこう書かれている。このノートには一年間のファーム暮らしでのプロのきびしさに触れて感じとった体験談や、先輩の打撃フォームの切り抜き写真がびっしりつまっている。いまの八重沢にはもう同期の友人の人気に動揺させられる甘さはない。連日舞い込んだファンレターもほとんどこなくなった現在、ただひたすらめざすのは地力の戒めだ。二十九日現在、7ホーマーを放って問矢(ロッテ)と並んでイースタンのホームラン王。「どうしてこんなに飛ぶのかわからない。ただバットをいっぱいに持って鋭く振ろうとしているのがいいのかもしれない」昨年は常にバットをひとにぎりあけていたが、ことしになってフォームをかえたのは例のノートのヒントからだ。写真を見ると一流といわれる打者はみんなバットをいっぱいに持っている。よし、これだ、と思ってやってみたらうまくいったという。高木コーチはいう。「天性のリストワークにさらにタイミングのとり方がよくなった。だから飛距離が出る」しかし杉山二軍監督は「本質的には中距離打者。シュアな打者に育てたい」と一発をねらって振りまわすことを強くいましめている。ファームのホームラン王の一軍への道はどうだろうか。「打撃は使える。しかし守備が問題。一軍には大下、佐野、末永と守備の名手が多い。出番は代打に限られるだろう。それならここでもっと攻守に力をつけた方が・・・」と高木コーチ。杉山二軍監督は「イースタンの成績はあくまでイースタン。技術的にはもう一軍だが精神的に耐えられるかどうか、あとは与えられたチャンスをいかにものにするか、あいつの運次第」と運を強調するが八重沢の闘志は日ごとに燃えあがっていく。「そんなに上(一軍)の人の守備がうまいとは思わないし、精神的にも十分ついていけると思う」ノートにはこう続くーおれは二度も甲子園に出た。運もある。チャンスを待ち力をたくわえておこう。一軍に行ったら二度とファームには来ないぞ。一気に飛び出してやる。

知らなかったので調べました。 三沢高等学校では遊撃手として、同学年でエースの太田幸司と共に1968年夏、1969年春夏と3季連続で甲子園に出場。 1969年の夏の甲子園では一番打者としてチームを牽引し、決勝に進出。 太田と松山商の井上明との投げ合いとなり、延長18回0-0で引き分け。 翌日の再試合の末2-4で敗退したものの、三沢高の準優勝に大きく貢献した。 他の高校同期に捕手の小比類巻英秋(三和銀行)、四番打者、三塁手の桃井久雄(日大)がいる。 1969年のドラフト外で東映フライヤーズへ入団。 1971年にはジュニアオールスターに選出された。 一軍では控え内野手として起用され、1974年には43試合に出場するが、打撃面で伸び悩む。 1975年オフに服部敏和、永淵洋三、市橋秀彦とのトレードで阪本敏三と共に近鉄バファローズへ移籍し、再び太田とチームメイトになった。 ここでは一軍出場の機会はなく、1976年限りで引退。 現在は自営業。 通算107試合出場 113打数10安打 3本塁打 4打点 通算打率.088 背番号 6 (1970年 - 1974年) 39 (1975年) 36 (1976年) 太田幸司はオールスターでもベンチの隅っこに孤独に座って肩身の狭い思いをしていたそうですね。

ノートに関する回答

【動画】車・バイクニュース

【動画だから100倍楽しめる】YouTube車・バイク動画(すべて見る)

見て楽しむニュース

【動画だから100倍楽しめる】見て楽しむ車・バイクニュース(すべて見る)

【速報】車・バイクニュース

完全無料で話題の車・バイクニュースがすぐに読める(すべて見る)

【話題】今話題の動画

SNSで1000いいね!以上の話題の動画(すべて見る)

この質問に答えてみる

元東映の八重沢憲一選手を知ってますか? 1971年  ー幸司(太田=近鉄)がことしもオールスター・ファン投票で一位になっ

元東映の八重沢憲一選手を知ってますか? 1971年 ー幸司(太田=近鉄)がことしもオールスター・ファン投票で一位になっている。しかしつらいだろう。プロ野球の世界は実力だけがすべてなのに、まだ1勝もしていないあいつがトップだなんて・・・。おそらく内心たまらない気持ちだろう。この世界はとにかく実力をつけないとダメ。いまはじっと捉えてチャンスを待つだけだ・・・。太田といっしょに三沢高からプロの世界に飛び込んだ東映・八重沢のノートにはこう書かれている。このノートには一年間のファーム暮らしでのプロのきびしさに触れて感じとった体験談や、先輩の打撃フォームの切り抜き写真がびっしりつまっている。いまの八重沢にはもう同期の友人の人気に動揺させられる甘さはない。連日舞い込んだファンレターもほとんどこなくなった現在、ただひたすらめざすのは地力の戒めだ。二十九日現在、7ホーマーを放って問矢(ロッテ)と並んでイースタンのホームラン王。「どうしてこんなに飛ぶのかわからない。ただバットをいっぱいに持って鋭く振ろうとしているのがいいのかもしれない」昨年は常にバットをひとにぎりあけていたが、ことしになってフォームをかえたのは例のノートのヒントからだ。写真を見ると一流といわれる打者はみんなバットをいっぱいに持っている。よし、これだ、と思ってやってみたらうまくいったという。高木コーチはいう。「天性のリストワークにさらにタイミングのとり方がよくなった。だから飛距離が出る」しかし杉山二軍監督は「本質的には中距離打者。シュアな打者に育てたい」と一発をねらって振りまわすことを強くいましめている。ファームのホームラン王の一軍への道はどうだろうか。「打撃は使える。しかし守備が問題。一軍には大下、佐野、末永と守備の名手が多い。出番は代打に限られるだろう。それならここでもっと攻守に力をつけた方が・・・」と高木コーチ。杉山二軍監督は「イースタンの成績はあくまでイースタン。技術的にはもう一軍だが精神的に耐えられるかどうか、あとは与えられたチャンスをいかにものにするか、あいつの運次第」と運を強調するが八重沢の闘志は日ごとに燃えあがっていく。「そんなに上(一軍)の人の守備がうまいとは思わないし、精神的にも十分ついていけると思う」ノートにはこう続くーおれは二度も甲子園に出た。運もある。チャンスを待ち力をたくわえておこう。一軍に行ったら二度とファームには来ないぞ。一気に飛び出してやる。

※未入力の場合「乗り物好き」として匿名で回答できます。

※未入力可能

全角10文字以上4000文字以内