ペレやジーコは、生涯の獲得点数が、ヨーロッパの選手に比較して桁外れに多いです。 これは、ブラジルのリーグ戦が試合数が多

ペレやジーコは、生涯の獲得点数が、ヨーロッパの選手に比較して桁外れに多いです。  これは、ブラジルのリーグ戦が試合数が多

ペレやジーコは、生涯の獲得点数が、ヨーロッパの選手に比較して桁外れに多いです。 これは、ブラジルのリーグ戦が試合数が多いからとかの何か理由があるのですか?

試合数が多いからでしょう。 サントスやフラメンゴといったブラジルのトップチームは、毎年、複数のリーグ戦をこなさなければならないからです。 まず、各州リーグ。 サントスはサンパウロ州選手権、フラメンゴはリオデジャネイロ州選手権。 サンパウロ州選手権は、大体24チームくらいのホーム&アウェーの総当りを行うので、これだけで46試合ですが、その後上位4チームとか8チームとかでトーナメントとかリーグ戦とかするので(毎年方式が異なる)、大体50試合くらいはこなさなければなりません。 リオデジャネイロ州選手権は12チームくらいですが、これが前期と後期とがあって、どちらもホーム&アウウェーの総当り戦をするので、これで44試合、その後、前期と後期の上位数チームで優勝決定戦をするので、やはり50試合くらいこなすことになります。 つまり、州リーグだけで、普通の国内リーグくらいの試合数なのですが、まだ全国大会もあるので、州リーグに費やせるのは5ヶ月くらいです。 したがって、週に2試合くらいすることになります。 それから全国大会ですが、これが2種類あります。 ひとつは、各州リーグの上位チームで行われるコバ・ド・ブラジル。 これも毎年方式が異なるようですが、最悪だった1985年の大会では、八十数チームが出場し、これを2グループに分けてホーム&アウェーの総当り戦を行ったので、優勝するまでに80試合以上こなさなければならなくなりました。 これだけでも大変なのに、他にカンピオナート・ブラジレイロ(ブラジル選手権)があります。 これは、全国の強豪チームだけで行われる大会で、出場チームは選抜制です。 どういう基準で選抜されるのかは謎ですが(どうせ賄賂とかで決まってたのでしょうけど)、ZICOの時代には、13強が常連で、それに数チーム足して16とか20チームとかにして、やはり総当り戦をやって、上位チームでごちゃごちゃやって優勝チームを決めていました。 (13強=フラメンゴ、フルミネンセ、ヴァスコ・ダ・ガマ、ボタフォゴ、サンパウロFC、コリンチアンス、パルメイラス、サントス、グレミオ、インテルナシオナル、クルゼイロ、アトレチコ・ミネイロ、バイーア) で、不思議なのは、コパ・ド・ブラジルでなく、カンピオナート・ブラジレイロの上位2チームがリベルタドーレス杯に出場していたことですが、 出場権を獲得していたならば、上記3種類のリーグ戦の合間を縫って、リベルタドーレス杯を戦わねばなりませんでした。 さらに、スーペル・リベルタ・コッパという大会があって、これはリベルタドーレス杯を制したことのあるチームで行われる大会なのですが、サントスもフラメンゴも出場権があるので、この大会の試合もこなさなければなりませんでした。 いろいろご説明しましたが、要するに、ブラジルのクラブチームは他国の2倍以上の試合数をこなさなければならないということです。 (わたしがブラジルに住んでいた頃は、毎週2試合が当たり前でした。水曜か木曜にナイターがあり、土曜か日曜にデイゲームがありました。ごくたまにナイターのない週がある、という感じでした。忙しいときは週に3試合ありました。ファンとしてはたくさん観れて楽しかったのですが、選手たちは大変だったことでしょう。) それから、理由は不明ですが、ブラジルの選手は選手生命が長いです。そのうえ、ペレやZICOは十代でプロ契約をしましたから、スタートも早かったわけです。 生涯にこなした試合数はかなりのものだったでしょう。 *** ところで、ペレの時代のサッカーはあまり観たことはないのですが、ZICOの時代はものすごく良く知っています。 日本では「個人技の南米、組織力のヨーロッパ」とか言われていたので、誤解するのも無理ないのですが、 南米サッカーにシステムがなかったというのは大嘘です。 それどころか、ガッチリした4-3-3システムができあがっていました。 (「ザル」なのは日本のスポーツジャーナリズムのほう) ブラジルでは、フィールド上の11名全員に異なるポジション名があったのですよ。 で、ガッチリした4-3-3システムを改変しはじめたのが、フラメンゴに代表されるリオデジャネイロ州リーグでした。 フラメンゴはシステムに反するサッカーをやってみせて、成功したのです。 その後、多くのブラジルのチームが4-3-3システムを見直し、4-4-2が主流となる時代となりました。 (その過渡期に、守備力がやや弱いけどそれを補う攻撃力のあるサッカーというものがあり、たまたまそんなフラメンゴがトヨタカップで圧倒的な試合を披露してみせたものだから、日本人の誤解は深まっていたのではないかと思います。 CBFもリオデジャネイロ偏重だから、ブラジル代表もしかりで、しかもテレ・サンターナという天才監督が4-3-3システムに納まらない実験的で華麗なサッカーで世界を魅せつけてしまいました。つまり80年代に日本人が観たブラジルの試合は、ブラジルの主流派のサッカーではなかったのですよ。) 日本ではJリーグが始まる少し前から、「ボランチ」というポジション名が使われるようになりましたが、これはやはり優れたブラジルサッカーのシステムを取り入れたいと思ったサッカー関係者が多かったからなのでしょうね。 残念ながら、ボランチというポジションが活きるためには、周りの選手たちがすべて一定のレベルに達しており、かつ、そもそものガッチリした4-3-3システムを理解していなければならないのですが、一般の日本人がブラジルの主流派のサッカーに接する機会はほとんどなかった時代ですから、日本で言われる「ボランチ」はブラジルの「VOLANTE」とは似ても似つかないものになってしまいました。 でもブラジルに倣おうとした姿勢は正しかったと思います。

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ペレやジーコは、生涯の獲得点数が、ヨーロッパの選手に比較して桁外れに多いです。 これは、ブラジルのリーグ戦が試合数が多いからとかの何か理由があるのですか?

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