匿名さん
1982年7月、全日本プロレスに誕生したウルトラセブン。
新日本のタイガーマスクに対抗させるべく松根新体制の隠し球とし登場するも見事に失敗となりました。
未練がましいたらればになるのです が、 もしも国際プロレスを放映していたテレビ東京がもう半年テレビ中継を打ち切らずに 81年9月までの放映継続、団体存続が決ま ったとして、当時26歳の若手であった高杉正彦を短期的にメキシコ修行に出して新日本のタイガーマスクで人気爆発していたタイガーマスクの対抗馬として国際プロレスとしてウルトラセブンを誕生させるという可能性はあったと思いますか? 国際プロレスは当時、末期的な状況でどの道崩壊は免れなかったと思うのだけど、国際破れかぶれの最後の大博打としてのウルトラセブンの目は無かったかなあ… 国際はラッシャー木村の金網デスマッチ、 鶴見五郎の独立愚連隊、井上、浜口という試合巧者の他にデビル紫、スネーク奄美、 マッハ隼人とマスクマンは日本人マスクマンは3人いて飽和状態ではあったけど、ミレツルノ、マークロコやアメフトみたいなマスクを被った外人覆面レスラーもいて、 ウルトラセブンの相手には事欠か無かったと思うのです。
いかんせん肝心のセブンの センスや実力があんなんだったからとても国際の救世主とはなれなかったとは思いますが、セブンファンとしては一時の夢を見てしまいます。
ウルトラセブン対マークロコ(ブラックタイガー)が実現してセブンがバックを取ったときにロコの必殺急所打ちが見られたかも( ^∀^) いよいよ団体立ち居かなくなった時にセブンは木村、浜口、寺西と共に新日本との団体対抗戦のメンバーとして乗り込んで、 マッハ隼人は参加せずに流れたタイガーマスクとのドリームマッチを代理として行う 。
タイガーマスク対ウルトラセブン!! 1981年末期の国際プロレスにウルトラセブン誕生の可能性はあったと思いますか? プロレス識者の回答をお待ちしています!!