元ヤクルトの益川満育選手を知ってますか? 1974年 こんな殊勲な益川をかつて見たことがない、とチームメートが口をそろえた。けんかマスといわれた暴れん坊。投げやりな性格は宿命的なんだ、とカゲ口をたたかれたイタリア系アメリカ人を父に持つハーフ。広岡守備コーチは広岡二世に育てようと外野手から遊撃手にコンバートした。「絶対にものにしてみせる。ボールへの一瞬の判断、機敏性、リズム感・・・。どれをとっても内野手の中で群を抜いている」と肩をたたいてくれた広岡コーチに、益川の熱い血が燃えた。「広岡さんに命を預けた」躍起になった湯之元キャンプ。休養日をすべて返上しての連日の特権志願だ。1㍍81、77㌔の大型遊撃手がプロ入り三年目にして誕生だ。守備範囲の広さと鉄砲肩は、すでに先輩・東条を抜いている。課題になるのはバッティングだが、沼沢コーチは「パンチ力がある。中距離ヒッターのタイプだが、常時出場させれば2割5、6分は打てるだろう」と、夜の素振りでこちらも特訓中だ。興国高校時代、夏の甲子園で優勝したときの四番打者。近大(中退)-ノンプロ日本熱学でも常に四番を打ってきた。この輝かしい球歴が益川の随一の誇りだ。