根本的な質問ですが、なぜ三菱自動車はここまで落ちぶれたんでしょうか。父の話だと、昔ホンダを吸い込むぐらいの勢いがあったと

根本的な質問ですが、なぜ三菱自動車はここまで落ちぶれたんでしょうか。父の話だと、昔ホンダを吸い込むぐらいの勢いがあったと

根本的な質問ですが、なぜ三菱自動車はここまで落ちぶれたんでしょうか。父の話だと、昔ホンダを吸い込むぐらいの勢いがあったと聞きます。

おはようございます。お答えします。なぜ三菱はここまでひどい 会社になったか・・・。それは一言でいうと、会社として 苦労していない、というのが模範解答です。トヨタも日産も 昔からありますが、最初はそんなに大きくなく、苦労を重ねて 今に至ります。ところが、三菱自動車はそういう苦労がほとんど ないです。1970年だったと思いますが、三菱重工の自動車部 が分社化されてできたと聞いております。ということは、最初から お金も、技術者も、技術も、何から何までとはいえないまでも そろっていたのです。そこに慢心が生じて、1971年ごろから リコール隠しを行い、それが常態化したと考えられます。第5代 社長の東條輝夫さん(東條英機首相の次男様です)も、技術には ものすごく厳しい人でした。何しろYS11の設計責任者だった人です。 その人でも流されてしまってリコール隠しは続けられてしまいました。 では、人が悪いのか、という疑問が生じますが、半分は当たっている と思います。というより、個々人が悪いというより会社の人事選考 が硬直化していると思います。プライドの高い三菱の関係ですから、 大卒でも、東京大学、東京工業大学、一橋大学、などの旧帝大関係、 そして私立でも早稲田慶応上智あたりぐらいしか取っていないと 思います。そういうなぁなぁの関係ですから、新しい血が入らない、 悪事でも『それはダメではないでしょうか』という風土が最初から 醸成できないのだと思います。 それに対してホンダはどうでしょうか。本田宗一郎さんが1から 作り上げた会社です。そして幸運なことに名参謀の副社長の 藤沢さんがいました。番頭の中の番頭、大番頭です。宗一郎さんも 藤沢さんを信用して、代表取締役の印鑑も預けるほどだったそうです。 藤沢さんはしっかり組織をまとめ、宗一郎さんは技術開発に 没頭できました。車の両輪がそろったのです。だから今のホンダが あります。 それに対して三菱は、組織として苦労していないので、いろんな 部署の力関係があっちへ行ったりこっちへ行ったりしてぐちゃぐちゃ となり、その結果モノを言えない風土が醸成されて、悪いことでも 慣れてしまって2回のリコール隠し発覚と混乱があるのに懲りずに また騒ぎを起こしました。 総じていえば、最初につまづいたまま、暴走したというのが 悪い言い方ですが三菱の場合正しいと思います。 日産にしっかりビシバシ鍛えなおしてもらえるようなので、三菱の 人間はそれを甘受するしかありません。自浄能力が低すぎます。

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