元日本ハムの藤原真・小坂敏彦・横山晴久投手を知ってますか? 1976年 「今春、日本ハムのキャンプで、三人は相部屋だった。あの時は互いに今年こそ、の気持ちだったが・・。そろって辞めるようになるとはねェ」。十二月初めに任意引退となった時、三人はこの共通性を不思議に感じた、という。共通性は・・・。第一に、東京六大学時代の華々しい活躍ぶり。横山は四十四年秋から、法大が四連覇した時の立役者。ベストナインに三度も選ばれた。藤原、小坂も優勝投手の栄誉に輝き、六大学ファンを熱狂させた。小坂は、谷沢(中日)、小田、千藤(日本ハム)荒川(元ヤクルト)らの強打線をバックに、安田(ヤクルト)を抑えてエースとして投げまくった。「たまたま運が良かっただけ」(藤原)というが、スターを欲するプロ野球界は、当然三人をドラフト一位で指名した。藤原は四十二年のドラフトでは南海をけったが、翌年はサンケイ(現ヤクルト)の指名を受けて入団した。小坂は四十五年に巨人入り、横山も四十七年東映(現日本ハム)へ。だが、プロの世界は厳しい。一番先輩の藤原は、一年目の九勝が最高で、あとは「大学時代に痛めたヒジが治らず、春先はいつも棒に振って」鳴かず飛ばず。今年は一勝も出来ず、通算二十三勝四十八敗。小坂も巨人時代に七勝したが、移籍後三年間勝ち星なし。今年後期、久々に二勝して通算九勝八敗。横山にいたっては、入団四年目の昨年、やっと初勝利をあげただけで終わった。期待されながらこの成績ー「いま思うと、プロ入り初キャンプに、卒業試験のため入るのが遅れ、それを取り戻そうと無理をした。それで肩の故障。期待されていたことが、重荷になった」と横山。「自分なりにがんばったが・・・」というのは小坂。結局、三人とも「第二の人生を歩むならいまが潮時」と、シーズン中に引退を考えていたそうだ。過去が華やかだけに、いま辞めるのに悔いはないのだろうか。藤原は低い声でこう答える。「ファームをみると、まだオレの方が、という気はある。百勝したかったし。でも、いまは子どものころから夢みてきたことが、すべて終わった感じだ」と。「それより、大事なのは今後の人生だ。過去の感傷になんかひたっていられない」と、将来の生活に激しい意欲を燃やしている。藤原は、奥さんの実家の衣料会社に、来年四月から勤める。小坂は一月に米国へ出発、語学の勉強をする。横山は、一月から運輸会社へ出勤。三人とも「いままで会社勤めの経験がないので・・・」と不安を感じながらも、一方では、野球で鍛えた「ガッツがあるさ」と、希望を持っている。小坂は「アメリカでは、絶対に英語をものにして、通訳兼コーチとして、再び球界のお役に立ちたい」と張り切っている。「元プロ野球選手」という肩書から、とかく色眼鏡で見られがちだが、そこは「気にしないで、人間関係などに利用出来るところは利用する。とにかく、自分の周囲から野球の話が出なくなった時こそ、個人の仕事ぶりが認められる時だ。そこまでやり抜くつもり」と、三人を代表して藤原がいい切った。