匿名さん
⑴交通規則に関する質問をしている人に対して、「〜だと教習所で習いませんでしたか?」と(意地悪く?)回答しているのを見かけますが、制限速度内で走行することも教習所で習ったことで、その交通規則も守るべきなの に、逆に制限速度内で走行することが悪であるかのような書き込みを多々見かけます。
つまり、制限速度以上の速度で流れていたら制限速度を超えてでも流れにのるべきだと言うことですが、そのようなことは教習所では習いません。
「円滑に走行する義務がある」と言う人がいますが、それはあくまでも制限速度内で円滑に走行すべきと言うものであり、教習所でもそのように習うはずです。
私自身は、「速度超過が悪であるからやめろ」とかそう言うことではなく、交通規則を遵守し、制限速度内で走行している人が悪であるとして非難の対象になっていることに疑問を持つのですが、制限速度内で走行している人は非難されるべきなのでしょうか? ⑵また、例えば流れに乗るために速度超過をし、事故を起こしたら起こしたでその分、重い罪になる可能性もあるあけです。
そして、ネット社会では犯罪者は個人情報を晒されて非難されるのが常ですから、ニュースなどでの取り上げられようによっては、普段は流れに乗るために速度超過をすることが正しいと言っている人までがその犯罪者を非難すると言った矛盾も生じる可能性があるわけです。
もしもの時に、罪が重くなりかねない、社会的非難を受けかねないのは嫌だから制限速度内で走行している人もいるはずです。
それでも、制限速度内で走行するのは悪なのでしょうか? こう言う言い方をすると、速度超過をしてでも流れに乗った方が安全、制限速度内で走行する人は命よりも法律を重視していると指摘する人がいます。
つまり、このように言う人の考えでは「命のためなら、時には法律を破らざるを得ない」と言っていることになります。
それはそれで理解できます。
しかし、他のことでもそれはそう捉えられているのかと言われればそう言うわけではありません。
例えば、「車道は車に後ろから抜かれて怖い」との理由で自転車走行禁止の歩道を自転車が通行している人は多いですが、社会がその理由を聞いて「それなら仕方ない」と言う風潮であるかと言われるとそうではなく、むしろ、「これだから自転車乗りは〜」と言った感じでマイナスのイメージで捉えられることが多いです。
「命のためなら、時には法律を破らざるを得ない」のなら、自転車走行禁止の歩道を走行することは「仕方ない」と言う風潮になるべきなのに、そうはならず、逆に、流れに乗るための速度超過は「仕方ない」と言う風潮になるのはおかしいのではないでしょうか? 繰り返しますが、私は流れに乗るために速度超過をすることが悪いとは思っていません。
ただ、制限速度内で走行している人が非難される、その現状に違和感を感じます。
少なくとも非難されるべきではないと言う私の考えは間違っているのでしょうか?