ワールドチャンピオンまとめ

ワールドチャンピオンの新着ニュースまとめ

ワールドチャンピオンに関するよくある質問

ワールドチャンピオンの知りたいことや、みんなが疑問に思っている ワールドチャンピオンに対する質問がたくさんあります。詳しい人からの回答もたくさん集まっているので ワールドチャンピオンへの疑問が解消されます

ワールドチャンピオンに関する質問

ワールドシリーズに負けたチームの所属選手が、ワールドチャンピオンリングをもらったことはありましたか? 一応まじめな質問です。
そんなバカなと思った人は回答しなくて結構ですよ。

ワールドチャンピオン に関する質問

います。
2010年のワールドシリーズに、負けたテキサスレンジャーズの選手として出場したベンジー・モリーナ捕手。
この人はレギュラーシーズンの途中まで、ワールドシリーズでレンジャーズと戦った相手のサンフランシスコジャイアンツに所属していましたが、トレードされてレンジャーズに移籍しました。
要するに、前所属球団とワールドシリーズで対戦し、敗れたかっこうです。
チャンピオンリングは勝利チームの出場選手のみならず、その球団にたずさわった多くの関係者に送られます。
モリーナもシーズン途中まではジャイアンツの選手だったわけだから、関係する人物には違いなく、そうした理由からリングを授与されていたのでしょう。

ワールドチャンピオンに関する回答

ワールドチャンピオンに関する質問

シカゴ・カブスが108年ぶりにワールドチャンピオンに輝きましたが、どうして今まで勝てなかったのでしょうか。
良い投手は今までに数々いたと聞きましたが。

ワールドチャンピオン に関する質問

シカゴ・カブスが長年(1946年以後)、ワールド・シリーズに進出できない大きな理由として、メディアではさかんに”ヤギの呪い”の話題がとりあげられます。
しかし私から言わせるとそんなことはほとんど冗談のようなもので、事実から見ると大きく以下の3つの理由があげられます。
---------- (1) 極端に打者有利/投手不利の本拠地 ---------- 本拠地のリグレー・フィールドは(シカゴ特有の強風によって)天気によっては極端なバッターズ・パーク(打者に極端な球場)となり、いくらいい投手をそろえても打ち込まれてしまう傾向が長年続いていました。
(2002年以前のロッキーズの本拠地;クアーズ・フィールドような感じ、と思ってもらえばよいです)。
ヤンキースの名監督だったケーシー・ステンゲルは ”2点とっても3点とられる連中は好きじゃない。
” という迷言を残していますが、要するにいくら強打者を獲得して点をとっても、エース投手でさえ打ち込まれることが多い試合が連発するようでは優勝はしにくい、ということです。
---------- (2) 1988年7月までリグレー・フィールドはデー・ゲームしか開催していない。
---------- リグレー・フィールドは開場以後 1988年8月7日まで照明塔が点灯されず、一度もナイト・ゲームが開催されたことがない;いいかえるとすべてのゲームはデー・ゲームで開催されていました。
かつてのオーナー;フィリップ・リグレーが ”ベースボールとは太陽の下で行われるべきゲームである。
” というポリシーをもっていて照明塔の設置を長年にわたり拒否していました。
もっともリグレー・フィールドは周囲が一般住宅街で照明塔をつけたくてもできない、という事情もありました。
このため、7月、8月と夏の暑さがけっこう厳しいシカゴで連日ホームのデーゲームを続けることはカブスの選手にとって長年大きな心身への負担になっていたようです。
---------- (3) Wrigleyオーナー 一族は優勝を本気で狙うチーム作りをしていなかった ---------- 1925年ごろから球団の実質的な筆頭オーナーになっWilliam Wrigley Jr.(チューイングガムの成功で財をなした人)はカブスの経営をとりしきりましたが、上記(2)の件を見てもわかるように、球団を世界一にするにはどうするかを重視するより 、”シカゴ住民でベースボールが好きで時間がある人は球場に足を運んでください。
” というお気楽タイプのオーナーでした。
Williamが1932年に死亡すると、子供のPhilip Wrigleyが後継者となりましたが、"のほほん" とした球団経営には変わりなく、それでいて戦後1946年から1960年まで15年優勝できないシーズンが続くと、何を考えたのか1961~1965年まで監督制度を廃止し、複数人のヘッドコーチによる日替わり采配制度を導入しました。
(当然ながら選手達は大きな混乱に陥り、毎年下位に低迷したままでした)。
1969年にナ・リーグ西地区優勝しましたが、ナ・リーグ優勝決定戦でメッツに3連敗して敗退しました。
1970年代初頭になると、オールスタークラスの実力をもったアーニ-・バンクス遊撃手、ビリー-・ウィリアムス外野手、ロン・サント三塁手、ファーガソン・ジェンキンス投手といったスターがあいついで引退したり、他チームに移籍してチームは小粒になりました。
その一方、後に通算174勝をあげるケン・ホルツマン投手をまだカブスの若きエースとして君臨しはじめたころに放出したり、後に通算3000本安打+938盗塁を記録するルー・ブロックの素質を見極められずライバルチームのカージナルスに放出するなど、若手の育成システムにはおかしなことが続きました。
チームの低迷は続き、1977年にPhilipが死亡すると、子供のWilliam Wrigley3世が筆頭オーナーを次ぎましたがこのころになると本業のチューインガム事業はアメリカでは完全に斜陽化し、球団経営存続にこだわりを持ち続けていたPhilipの妻もほどなく死亡すると、William3世は1981年に地元有名新聞のTribune社に球団を売却しました。
こんなオーナー一族に球団経営を支配されていたので、当然のごとくカブスは毎年優勝とは無関係でした カブスはシーズン初旬にリーグ優勝から脱落することも多く、6月に早々と失速するチーム(June swoon)という不名誉なあだながついていました。
◆ その後 1984年にナ・リーグ地区優勝しましたが、リーグ優勝決定戦でパドレスに2連勝しながら3連敗してワールド・シリーズ進出はできませんでした。
1989年は地区優勝しましたが、リーグ優勝決定戦でジャイアンツに敗れました。
1990年代には、グレッグ・マダックス、ライン・サンドバーグ、サミー・ソーサなど超一流のプレーヤーもいましたが、チームにはもうひとつまとまりがなく、優勝とは無縁になりました。
2003年には悪名高き「バードマン事件」が起こり、ナ・リーグ優勝を惜しくも逃しました。
2007年と2008年に地区優勝をしましたが、それぞれダイアモンドバックスとドジャースに敗れました。
この直後ごろ、Tribune社は球団を実質的にTom Rickettsを中心とする投資銀行グループに売却しました。
◆ 投資銀行は短期間で保有資産の価値を上げ手っ取り早く売りさばくことがメイン業務なので、はじめのうちはなかなか球団はよい成績が残せませんでしたが、2011年に(レッド・ソックスを86年ぶりにワールド・シリーズ・チャンピオンに導いた)セオ・エプスタインをGMに向かえ、レイズで実績を残したジョー・マドンを監督に就任させ、ナイト・ゲームをシーズン30数試合まで増やし、SABRの知識を総動員して、ついに2016年に108年ぶりに優勝しました。

ワールドチャンピオンに関する回答

ワールドチャンピオンに関する質問

川崎選手。
ワールドチャンプおめでとうございます。
ただ、川崎選手は、選手登録はずれたので、 チャンピオンリングもらえないのですか?

ワールドチャンピオン に関する質問

シーズン中に短期間で有ったとしてもロスター入りすれば、全員が対象です。
従って21打席に立っている川崎選手も手に入れる事出来ますね。
因みにロスター入り出来なかったマートン選手は対象外です。

ワールドチャンピオンに関する回答

ワールドチャンピオンに関する質問

シカゴ・カブスがワールドシリーズを制しましたが、補欠だったカブスの川崎宗則はチャンピオンリングをもらえるのでしょうか?

ワールドチャンピオン に関する質問

同様の質問にすでに回答しています。
以下をごらんください。
川﨑宗則ムネリンはベンチ外でしたが、チャンピオンリングはもらえるのでしょうか? http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13166396688

ワールドチャンピオンに関する回答

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