ルノーカングーの中古車
販売期間:2012年01月から2012年07月
179件のルノーカングーの中古車
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ルノーカングー |
ルノー
ルノー(Renault S.A.)は、フランスのパリ近郊のブローニュ=ビヤンクールに本社を置く自動車製造会社。
グループ傘下の日産自動車(およびその傘下の三菱自動車)やダチア、アフトヴァース、ルノーサムスン自動車などを含めると世界最大の自動車会社である。
1898年にフランス人技術者のルイ・ルノー(Louis Renault、1877年 - 1944年)とその兄弟によって「ルノー・フレール(ルノー兄弟)」社として設立された。現在はおもに中小の乗用車や商用車を手がける。過去には商用車専門の子会社のルノーV.Iで大型トラックや軍用車両の生産、第二次世界大戦前は航空機やボートも生産していた。
1970年代以降、PSA・プジョーシトロエンと並んでフランスの二大自動車企業の一角を占め、先進的なデザインと優れた安全性能、高品質が高い評価を受け、1998年以降2004年まで連続でヨーロッパ第1位の販売台数を維持した。
2011年現在、韓国のルノーサムスン自動車、ルーマニアのダチア、ロシアのアフトヴァースの株式を保有し、これらを傘下に収めている。また日本の日産自動車とお互いの株式を持ち合い名目上は対等の「ルノー・日産自動車・三菱自動車」を構成しているが、日産はフランスの国内法の制限により議決権を行使できないため、ルノーが事実上傘下に収めている。
これらの傘下に収めたグループ企業を含めると、2011年度の新車販売台数の実績では、日本のトヨタグループを抜いて、アメリカのGMとドイツのフォルクスワーゲングループに次いで世界第3位の規模の会社となる。また商用車製造社の世界的再編では、商用車専門の子会社のルノーV.Iをボルボに売却する一方、ボルボの株を20%保有し影響力を保持している。
市販車で初の四輪ディスクブレーキ採用など、古くから安全性の向上に力を入れている。近年では、運転中の危険回避を補助するESP(エレクトロニック・スタビリティー・プログラム)を積極的に採用するほか、世界でもっとも高い権威を持つ自動車衝突安全性テスト「ユーロNCAP」において、2006年現在で8車種(モデュス、クリオ、メガーヌ、メガーヌ・グラスルーフ・カブリオレ、セニック、ラグナ、エスパス、ヴェルサティス、コレオス)が5つ星の評価を得ており、これは世界の自動車会社中最多を誇る。
フランスのパリ郊外に住む若いアマチュア技術者であったルイ・ルノーは、1898年にド・ディオン・ブートン3輪車を4輪式に改造する取り組みの過程で、現在のプロペラシャフト式フロントエンジン・リアドライブ方式(FR)の原型である「ダイレクト・ドライブ・システム」を発明した。この斬新な機構でルイ・ルノーは1899年にフランス特許を取得、ほどなくフランス中の自動車会社に模倣されることとなり、1914年に特許が切れるまでの間に当時の金額で数百万フランを越える莫大な特許料がルノーに転がり込んだ。
1899年にはこの機構を搭載した小型自動車「ヴォワチュレット」(Voiturette )を市販し、商業的成功を収めたことを受け、ルイは兄のマルセル、フェルナンとともに同年10月に「ルノー・フレール」社(ルノー兄弟社)を設立した。その後は事業規模の拡大に合わせ、1904年にはフランス国内に120店舗の販売代理店網を構えるなど、事業基盤を強固なものにする。先進諸国のモータリゼーションの拡大により、イギリスやドイツ、日本など諸外国への輸出も開始したほか、ロシアに工場を建設するなど急激にその生産台数を伸ばした。
1900年代以降は、小型車を中心とする量産政策によって生産規模が拡大したことから、先に創業されたプジョーなどを追い抜きフランスで最大の自動車製造会社となった。第一次世界大戦前後にはルノー FT-17 軽戦車などの戦車や装甲車、トラックなどの軍用車両や、飛行機および航空用エンジン、さらには小型船の開発・生産を行うなど、その事業範囲を拡大した。また、このころから日本やオーストリア・ハンガリー帝国、アメリカ合衆国などへ販売代理店を通じて本格的な輸出を開始したほか、ロシア帝国での生産を開始するなど、世界各国へ積極的に進出した。
なお1900年代から1930年代初頭までのルノーは、エンジンの直後にラジエーターを置く独特の方式をとっており、前頭部に他社のような垂直のラジエーターグリルがない、変わった形態が特徴であった。これはウォーターポンプによる冷却水の強制循環機構に信頼を持てなかったルイ・ルノーが、温度差を利用する古典的な自然循環ラジエーター(サーモ・サイフォン方式)に長くこだわってラジエーター位置を制約した結果で、冷却機構の直接のトラブルは減ったが、客室内に熱が多く伝わり、また冷却水量も多く要するなど、効率面では決して有利な手法ではなかった。1930年代末期に至るまで、ルノー車の多くはサーモ・サイフォン式冷却機構で生産され続け、また動弁機構もほとんど一貫して効率の悪いサイドバルブ式のままだった。
パリの辻馬車会社は、フランスにおける自動車の普及を見て1905年からいち早く自動車化(タクシー)へのシフトを開始した。ルノーが1905年当時生産していた最小モデルの2気筒1060cc車「8CV」がタクシー用車種に選定され、のべ1,500台に達するオーダーが入った。これにより、1900年代後期には小型のルノー・タクシー多数がパリ市街を往来するようになった。
第一次世界大戦が勃発してから間もない1914年9月初旬、ドイツ陸軍はフランス領内に侵攻し、パリにほど近いマルヌ川まで到達した。ここでドイツ軍を止めようとするフランス陸軍との間で「マルヌ会戦」と呼ばれる凄絶な激戦が展開されたが、防衛するフランス側は当初形勢不利であった。鉄道輸送だけでは前線への兵士の増援が足りなかった。
パリ軍事総督として首都防衛にあたっていたジョゼフ・ガリエニ将軍は、ここでかつてない奇策を打ち出した。パリ市内を走るタクシーを緊急に大量チャーターし、兵員輸送に充てることにしたのである。動員に応じ、600台ものルノー・タクシーがドライバーとともに集結した。9月7日深夜、完全武装のフランス軍兵士5名ずつを載せ、ヘッドライトを消したタクシーの車列がパリ - マルヌ間を2往復した。結果、一夜にして6,000人の兵士がフランス側前線に増援され、ドイツ軍の猛攻は食い止められた。
この「ルノーのタクシーの働きでパリが守られた」という逸話によって、その後パリを走るルノーのタクシーは「マルヌのタクシー」(Taxi de la Marne )と呼ばれることになった。自動車の軍事的重要性を世に知らしめたエピソードのひとつである。
第一次世界大戦の終戦後にはルノーをめぐる情勢にも変化が生じる。戦闘用車両や武器生産という特需がなくなったうえ、イギリスやドイツなどからの輸入車の増加によりフランス国内の販売競争が急激に激化した。また競合メーカーのプジョーや後発メーカーのシトロエンなどが、生産車種を減らして量産効果を追求する手法で急速に追い上げをかけてきたのに対し、ルノーは世界恐慌下の厳しい経済事情にあっても、4気筒小型大衆車から巨大な8気筒高級車に至るまでの多様なボディバリエーションを伴う多車種少量生産を継続し、1930年代にはその地位をフランス第3位に後退させた。
さらに老年に達したルイ・ルノーは保守的な設計思想に傾くようになり、1920年代末期に至っても第一次大戦直前レベルから大差のない、古典化したレイアウトの低効率なモデルがラインナップの多数を占めた。機械式ブレーキサーボだけは早くから導入したが、当時導入が急速に進んだ独立懸架も油圧ブレーキも、ルノーへの導入は競合他社に比べて大きく遅れた。製品の品質こそ優れていたものの、業界をリードする製品を作るメーカーではなくなっていた。
それでも老舗メーカーとしての信用は厚く、高級車分野では当時フランスに多数存在した高級車専門メーカーにも劣らぬステータスを誇った。6気筒9.1Lの「40CV」(原型は1913年発表で7.5L、1919年型で排気量拡大)とその後継車である8気筒7.1L「レナステラ」(1928年)、8気筒5.5L「ネルヴァステラ」(1934年)といった巨大な高級モデルは、フランスの大統領専用車として1910年代から1930年代に一貫して用いられた。ラジエーターもようやく1930年前後からノーズ最先端配置となり(しかし相変わらずポンプなしのサーモ・サイフォン式であった)、ブレーキサーボの装備も行われた。
ルノーにようやくモダンな設計手法が取り入れられたのは1937年発表の1,000cc級小型大衆車「ジュヴァキャトル」で、モノコック構造とウィッシュボーン式の前輪独立懸架を採用、全体的には1935年に発表されたドイツのオペル・オリンピアの亜流ともいうべきコンセプトではあったが、1939年までに3万台近くを売り上げるヒットとなった。しかし、その先進性が他のモデルに波及する以前に、ルノー社は危機的事態を迎える。
1939年9月1日に勃発した第二次世界大戦において、戦争への準備がほとんど整っていなかったフランスは緒戦から敗北に次ぐ敗北を重ねた。1940年6月にはドイツ国防軍がパリを占領し、まもなくフランス全土はドイツの占領下に入ってしまう。この事態を受け、ルイ・ルノーは工場と従業員を守るために、やむなくドイツの占領軍とその傀儡政権・ヴィシー政権に協力することになった。しかしその結果、ルイ・ルノーは1944年の連合国軍によるフランス解放後に対独協力者として逮捕され、同年10月、失意のうちに獄中で病死した。一説には対独協力者として憎まれ、獄中で虐待・暴行を受けた結果の死とも伝わる。
なお、大戦中の1942年から1943年にかけて主力工場のひとつであるビヤンクール工場がアメリカ・イギリス両軍の爆撃を受けて深刻な被害を受けたほか、戦争によるインフラストラクチャーの破壊により、生産設備や販売網が壊滅的な打撃を受けている。
第二次世界大戦中に創業者の死と生産設備の破壊という苦難に陥ったルノーは、大戦終結後の1945年に、大戦中の亡命政権・自由フランスの指導者で、新たにフランスの指導者となったシャルル・ド・ゴール将軍(のちの大統領)の行政命令により国営化のうえ、「ルノー公団(Regie Nationale des Usines Renault )」に改組され、エンジニア出身のピエール・ルフォシュー総裁の指揮のもとで戦禍により破壊された生産設備や販売網の復興を進めると同時に、戦前から行われていた新型車の開発を続行することとなる。
フランスは戦勝国となったものの、連合軍の度重なる空襲を受け各地の工場施設が破壊されていただけでなく、工場を稼動させるためのインフラの整備や資材の調達にも事欠く状況であったが、従業員の士気は高く、終戦後わずか1年しか経っていない1946年のパリサロンで、フェルナン・ピカール技師が戦時中から開発を進めていた小型車「4CV」を発表し、翌年から発売した。
4CVは廉価かつ経済的であったうえ、当時としては優れた走行性能を備えていたことから、大衆ユーザーの広範な支持を受けた。戦後のヨーロッパにおいてベストセラーとなったほか、アメリカでも多くが販売された。その結果、1961年までの間に110万5,547台が生産され、フランスで初めて100万台を超えて生産された車種になった。日本でも日野自動車が1953年から「日野ルノー」の名でライセンス生産し、その多くがタクシーとして使用されたことから、一躍日本中にルノーの名が広まった。
また、ミニマムな小型車でありながらル・マン24時間レースやミッレミリアなどの国際レースでも活躍するなど、4CVは第二次世界大戦後のルノー復興の立役者となった。
第二次世界大戦後の復興期における「4CV」の大ヒット以後、ルノーは特に小型車の分野において実績を上げた。1955年2月に死去したピエール・ルフォシュー総裁の後を継いだピエール・ドレフュス総裁指揮のもと、「4CV」の系譜を引く「5CVドーフィン」や「8」などのリアエンジン小型車に続いて1960年代以降は「4」や「6」などの前輪駆動(FF)方式の小型車を多数送り出した。特に「4」の大ヒットは、当時行ったアメリカ進出の失敗により苦境に陥った経営を助けることになった。
他にも「カラベル」や「フロリド」などのスポーツタイプの車種にバリエーションを広げたほか、1966年のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した「16」や、「12」などの比較的収益性の高い中型車もヒットさせ、これらの相次ぐヒットによりヨーロッパ有数の自動車メーカーとしての地位を不動のものとした。
フランスの多くの自動車会社の例に漏れず、ルノーも古くから技術的、デザイン的なチャレンジに対して積極的である。1962年に発表されたリアエンジンの小型車「8」には、大量生産車として世界初の4輪ディスク・ブレーキを採用するなど、当時の最新技術を惜しげなく導入し高い評価を受けた。その後1965年に発売された「16」は、世界初のハッチバックスタイルを持つ中型車としてヨーロッパ中でヒットし、1979年までの長きにわたり生産された。
1972年に発売されたFF駆動方式のハッチバック小型車である「5」とその後継の「シュペール5」(1985年発売)は、その先進的なデザインと高い実用性、経済性が広く受け入れられて、ヨーロッパだけでなく世界中で大ベストセラーとなった。またこのモデルは量産市販車としてはもっとも早い時期に樹脂製の前後バンパーを採用している。
1982年にはフエゴに世界で初めて赤外線リモコン操作による施錠装置(キーレスエントリー)を採用している。これは、当時のルノー車はドア用とイグニッション用の2種類のキーを使用しなければならなかったため、その不便を解消する目的で開発されたものである(同時期に、同様の目的でフォード/リンカーンの一部車種にもキーレスエントリーが採用されている。ただし、こちらは運転席ドアハンドル付近にあるキーパッドに暗証番号を入力する方式である。)
また、1984年に発売された、ヨーロッパの自動車メーカーとしては最初の本格的ミニバン「エスパス」は、その未来的で斬新なデザインと実用的で広々とした室内スペース、高い経済性がフランスやイギリス、西ドイツをはじめとするヨーロッパの消費者に受け入れられて大ヒットモデルとなった。
エスパスがヒットしたことでヨーロッパ中でミニバンブームを巻き起こし、ヨーロッパの多くの自動車メーカーがそのコンセプト(ルノーでは「モノスパッセ・コンセプト」と呼んでいる)を模倣することとなった。なお、その後もルノーはエスパスの後継モデルをヒットさせているほか、セニックなどのミニバンのヒット作を出している。
1979年には、スケールメリットとアメリカ市場への本格的進出を狙い、1960年代初頭から提携関係にあったアメリカ第4位の自動車会社、アメリカン・モーターズ(AMC)を買収し、「5」(アメリカ仕様は「ル・カー」の名で販売され、フランス国内でも一時期同名で販売された)や、1982年のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー受賞車でもある「9」(同「アライアンス」)、「11」(同「アンコール」)、「フエゴ」などの複数のモデルを擁し、1950年代後半の撤退から10数年を経て再度北アメリカ市場に本格的に参入した。
アメリカン・モーターズの販売網を使ってアメリカとカナダ全土で大々的に発売を開始したものの、先に参入していた日本車やアメリカ製小型車との競争で苦戦したうえに、ルノー本体の経営不振もあり、最終的に1987年に当時のクライスラーにアメリカン・モーターズを売却し北アメリカ市場から撤退した。なお、アメリカン・モーターズの売却後もクライスラーとの提携に基づき、1991年までクライスラー(イーグル)ブランドで「21」などのルノー車の販売が継続された。
1986年11月17日には、アメリカ進出失敗などによる財政再建への打開策の一環として、民営化に向けた舵取りを取っていた当時の会長のジョルジュ・ベスが、パリの自宅の玄関前で左翼テロ集団のアクション・ディレクトに暗殺されるという悲劇が起きた。
その後、ベスの後を継いで会長に就任したレイモン・レヴィとルイ・シュヴァイツァーの指揮のもと、スケールメリットを狙って1990年2月にスウェーデンの大手自動車メーカーであるボルボと業務・資本提携することを決定し、これを機会に第二次世界大戦直後から45年間続いた公団体制から株式会社に改組された。また、同1993年9月にはボルボとの完全合併案が発表されたが、フランス政府の干渉にボルボ側の経営陣や株主、従業員などが態度を硬化したことにより交渉が決裂し、同年12月には合併が正式に撤回された。
ボルボとの合併案は撤回されたものの、その後もフランス政府は株式を売却し続け、会長の暗殺や労働組合の反対という困難を乗り切って1996年には完全民営化を果たした。2016年現在、フランス政府の持ち株比率は約19%である。
1999年3月27日に、当時深刻な経営危機下にあった日本第2位の自動車会社である日産自動車を事実上の傘下に収めることが発表された。その後、同社と相互に資本提携し、ルノーが日産自動車の株を44.4%、日産自動車がルノーの株の15%を所有するという形で株を持ち合い、ルノーが日産自動車に経営陣を送り込むなど、事実上の親会社となったルノー主導で経営再建に着手した。
当時の取締役会長兼最高経営責任者(PDG)であるルイ・シュヴァイツァーによって日産自動車の最高経営責任者(CEO)として送り込まれた副社長のカルロス・ゴーンとそのチームが、同年10月に発表された「日産リバイバルプラン」計画のもと、東京都武蔵村山市にある村山工場や京都府宇治市の日産車体京都工場(当時。現・オートワークス京都)などの余剰な生産拠点の閉鎖や余剰資産の売却、余剰人員の削減、子会社の統廃合や取引先の統合によるコスト削減や車種ラインナップの見直しなどのリストラを行うと同時に、新車種の投入や国内外の販売網の再構築、インテリアおよびエクステリアデザインの刷新やブランドイメージの一新などの大幅なテコ入れを敢行した。
当初は両社の文化的土壌の違いやラインナップの重複、日産自動車の負債の大きさなどを理由に、同業他社やアナリストをはじめとする多くの専門家がその行く先を危惧した。しかし、最終的には提携前の1998年には約2兆円あった日産自動車の有利子負債を2003年6月に返済し終え、再建を成し遂げた。
(かつて北米で販売されていた小型車である「ルノー・アライアンス」については「」、および「」を参照)
両社の間で言葉通りのアライアンス関係を構築し、車台やエンジン、トランスミッションなどの部品の共通化、購買の共同化などを通じてコストダウンを図っているほか、メキシコなどいくつかの国ではルノーの車を日産ブランドで販売したり(OEM供給)、その逆を行うなど、アライアンスの内容は多岐にわたっている。2005年1月にはルイ・シュヴァイツァーが「2010年までに日産自動車とともに世界市場の10%のシェアを確保し、年間400万台の生産を達成する」という目標を掲げた。
その後、2005年5月に日産自動車の社長兼最高経営責任者(CEO)を務めていたカルロス・ゴーンが、公団時代の1992年より13年間の長きに渡り取締役会長兼最高経営責任者(PDG)を務めたルイ・シュヴァイツァーに代わり、ルノーの9代目の社長兼最高経営責任者(PDG)に就任し(日産の社長兼CEOも兼務)、それを受けシュヴァイツァーは取締役会長(PCA)に就任(2010年6月23日に退任)した。
その後、デザイン担当副社長のパトリック・ルケモン('、2011年現在は引退)による斬新なデザインや、品質と安全性の向上が市場で好評を博したことにより、小型車メガーヌやルーテシア(日本市場以外では「クリオ」の名で販売されている)、MPVのカングーやセニック、エスパスが大ヒットするなど、再びフランスのトップブランドに返り咲いただけでなく、1998年以降6年連続でヨーロッパ市場でトップの販売台数を誇っていた。近年ではアフリカやメルコスール市場を中心とした南アメリカ、アジアなどでの売り上げが伸びている。
2005年11月には、ヨーロッパでもっとも権威のある自動車賞である「2006年ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー」を発売されたばかりのクリオが受賞した。なお、ルノーにとって同賞を受賞するのは2003年のメガーヌ以来3年ぶり6度目、クリオとしては1991年以来2度目で、同車種が2度同賞を受賞するのは史上初のことである。
2006年2月9日には、関連会社の日産自動車に対するリストラのような従業員の解雇を行わずに、2009年の販売台数を2005年の約250万台から80万台多い330万台とし、2009年の売上高に対する営業利益率を6%にするという内容の中期経営計画「ルノー・コミットメント2009」を発表した。この計画の中には、2009年までにルノー初のSUVを含む26車種の新型車の投入が含まれ、2007年内だけで初の本格的SUVであるコレオスやラグナ3、カングー2が新たに投入された。
2008年には、2012年までに複数のルノーブランドの電気自動車(EV)を市場投入することも発表されたが、これに先立つ2011年には、複数の幹部が電気自動車関連の機密情報を中華人民共和国の企業に漏えいさせたとして解雇される騒動が起きた。
2013年には、それまでのパトリック・ルケモンに代わって、マツダのデザイン本部長から転籍したローレンス・ヴァン・デン・アッカーが初めて指揮を執った、ルノーとしてはコレオスに次ぐクロスオーバーSUVであるキャプチャーが登場した。
2016年、傘下の日産自動車が三菱自動車工業の筆頭株主となったことを受け、当社のカルロス・ゴーン取締役会長兼CEO(PDG)が同社の会長に就任した。ルノー・日産アライアンスの一員として三菱自動車との今後の協業拡大が検討されている。
2020年前半、世界的な2019新型コロナウイルスの感染拡大により顕著な景気減退に直面。同年4月9日、スナール会長とデルボス暫定CEO、3ヶ月間の報酬を25%以上削減するとともに。4月に予定されていた株主総会を6月19日に延期することを発表した。
総合研究所()はパリの南西郊外のベルサイユのそばのギュイヤンクールにあり、150ヘクタールの敷地に、42万5,000平方メートルの建物がある。1998年に開設され、2010年現在1,100人が働いている。
2017年現在、ルノー本体としては本国フランスのほかにスペイン、スロベニア、トルコ(オヤック・ルノー)、ブラジル、アルゼンチン、コロンビア、モロッコ、インドなど世界各国に生産拠点を持つほか、ロシアやポルトガル、マレーシア、ウルグアイ、チリ、イランで組み立て(ノックダウン)生産を行っている。さらに中華人民共和国では東風汽車との合弁会社である東風ルノーを立ち上げ、現地生産している。
また日産自動車や韓国のルノーサムスン自動車、ルーマニアのダチアなどの傘下企業が各国に生産拠点を持っており、生産と販売を行っている。特にルノーサムスンにおいてはコレオス(韓国国内においてはルノーサムスン・QM5)とラティテュード(同ルノーサムスン・SM5)を全量生産・輸出するなど、近年、ルノーグループのアジアにおけるハブ的な役割を果たしている。
アジア太平洋地域においては、シンガポールに本部を置く(2006年までは日本の東京都に本部が置かれていた)アジア太平洋地域統括本部の指揮下で日本、中華民国、中華人民共和国、香港、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ブルネイ、オーストラリア、ニュージーランドと、フランス領および海外県のタヒチとニューカレドニアの合計12の国と地域で販売しているほか、マレーシアではタンチョンとの提携を行いカングーのノックダウン生産を行い、近隣諸国への輸出も行っている。
なお、オーストラリアでは1995年にフランスがムルロア環礁で行った核実験の影響でルノー車が売れなくなり、翌1996年から輸入・販売を中止。その後、傘下においた日産自動車の支援を得て2001年に輸入・販売を再開した。参考リンク
日露戦争後の1910年(明治43年)に、東京に本社を置く商社・水嶋商会を販売代理店として正式に日本市場に参入した。また1930年代には中外ルノーという会社が輸入業務を行っていた時期があった。その後、1953年(昭和28年)から1963年(昭和38年)まで、日野自動車が「4CV」(日野ルノー)をライセンス生産し、多数がタクシーとして使用されたことから「亀の子ルノー」と呼ばれて大衆にも親しまれ、ルノーの名は日本全国に広まった。
その後、1977年(昭和52年)に東京日産グループのキャピタル企業が輸入権を獲得し、ルノー・5などを輸入した。1983年(昭和58年)にはミニなどを輸入していた「日英自動車」も加わり、輸入権は2社体制となった。1986年(昭和61年)には当時フィアット車を輸入していた「ジヤクス・カーセールス(JAX)」 が輸入権を獲得したが、1991年(平成3年)にドイツのフォルクスワーゲンがヤナセの販売撤退で穴があいた東京地区のディーラー網を獲得するためにJAXを買収したため、ルノーの輸入は宙に浮くこととなる。
1993年(平成5年)には、独立系インポーター最大手(当時)のヤナセが子会社「フランス・モーターズ」を設立したが、競合車種の多いオペルとの兼ね合いでディーラー網を別々に作らなければならず、またトゥインゴなどの利幅の少ない低価格車に人気が集中したことから、結果的に、親会社であるヤナセの経営を圧迫する原因にもなってしまった。このようにインポーターが次々と変わった結果、既存のオーナーに対して満足なアフターサービスを行うことができなくなったばかりか、新規顧客獲得のための継続的なマーケティング活動もできない状態に陥ってしまった。
2000年(平成12年)には、日本での販売を加速すべく初のルノーの100%子会社である「ルノー・ジャポン」が設立され、ルノーのアジア太平洋統括本部のもとで日本国内での輸入販売業務が強化された。
その後、ルノー本社のリストラが行われたことを受けて、同社は2007年(平成19年)に日産自動車の子会社である「日産トレーディング」に業務移管され、同社の一部門とされた。なお、その後も「ルノー・ジャポン」のブランドは継続して使用された。
その後、ルノー車の販売実績が上向きになり始めてきたことからルノー・ジャポンを再分離させることとなり、2012年(平成24年)4月2日より日産自動車の完全子会社として「ルノー・ジャポン株式会社(RENAULT JAPON CO.,LTD.)」が再スタートすることとなった。
(バス・トラックなどの大型商用車を生産しているルノートラックの車種は除く)
1999年に傘下におさめた日産自動車の間に構築されたアライアンス関係に基づき、近年発売された両社の小・中型車の多くが共同で開発した車台やエンジニアリングアーキテクチャを積極的に導入している。これらの車種の多くは、車台だけでなくエンジンやトランスミッションなどの主要部品も共用している。
日産・Bプラットフォームを参照
日産・Cプラットフォームを参照
日産・Dプラットフォームを参照
日産・CMFを参照
ルノーは創業当初から技術向上を目的に、モータースポーツへの参加を積極的に行った。
モータースポーツ史の黎明期、1890年代末期から1900年代初頭のヨーロッパで多く開催された公道レースでは、開発者のルイ・ルノー自身と兄マルセル・ルノーが、自ら運転する競技用車で多くの勝利を勝ち取り、名声を獲得している。
1899年から1901年にかけては、ド・ディオン・ブートン製の単気筒エンジンを搭載したヴォワチュレット車でさまざまな長距離レースに参戦した。当初3.5HPから最終的にも8HPに過ぎない非力ながら、軽さとタフネスさを活かし、多くのレースで完走して軽量車クラスで上位を独占した。1,000キロを超える長距離レースでも4気筒・7L〜10Lの怪物的なクラスに属するハイパワーなパナールやモールなどに伍して活躍、クラス優勝・上位入賞を達成している。これらのレースではルイも大いに健闘したが、兄マルセルがそれ以上の成績を収めた。
ルノー車はさらに強豪がひしめく上級クラスにも進出した。特筆すべきは1902年6月に開催された1,700キロのパリ-ウィーンレースでの活躍である。後半オーストリアの山道を行く過酷な山岳コースで激戦が展開されたが、4気筒3.7L中型車の14CVルノーに搭乗したマルセル・ルノーは、7番手だったザルツブルクからの最終区間で、先頭にいたアンリ・ファルマン搭乗の13.7Lパナールを含む強力な大排気量車6台すべてに競り勝ってトップでウィーンに到着、総合優勝した(ルイも同型車で参戦し、途中で他車とクラッシュして61位まで後退しながらも、壊れかけた車を操り20位まで回復して完走した)。
また史上初のグランプリレースである1906年フランスグランプリにもルノーは13L・105HPの「90CV」レーサー3台を参戦させており、うち「3A」車に搭乗したフェレンク・スジズ(Ferenc Szisz、1877 - 1944)が、ルマンの周回コース(2日間で累計1,248キロ)を12時間46分台、平均101km/hで走破、同時期の強豪フィアットを下して優勝した。このフランスGPではマシーン自体の高性能・高出力に加え、後輪に当時最新鋭のミシュラン式脱着ホイールを採用したことでタイヤ交換時間の大幅短縮に成功、以後の脱着ホイール普及の端緒となった。
しかし、それらの勝利の一方で、当時のヨーロッパにおける最高峰の公道レースのひとつとなった1903年5月24日スタートの「パリ-マドリッドレース」では、参加したマルセル・ルノーが操縦ミスで事故死するという悲劇も起こっている(このレースの実態は、路上まで観客の溢れる未舗装の公道で重量レーサー群による130km/h超の接戦が展開されるという危険極まりないもので、他にもドライバーや観客に多数の死傷者が生じ、5月24日の複数の事故で累計死者8人を数える未曽有の「死のレース」となった。事態を危惧したフランス政府は途中のボルドーでレースを中止させ、以後、自動車競技はクローズドサーキットを中心に実施されるようになる)。ルイ・ルノーもこのレースに参加、ボルドーでの中止時点でフェルナン・ガブリエルに次ぐ2位につけていたが(パリからの公道552キロをガブリエルのモールZが5時間13分台、ルイの30CVルノーは5時間29分台と、ともに100km/h超の驚異的ペースで走破していた)、マルセルの死に深く落胆したルイは、これを最後に自らレースに参戦することを止めた。
1909年を最後にモータースポーツへの参戦は控えられるようになり、第二次世界大戦前まで、市販モデルをベースにした速度記録・連続走行記録などのレコード達成挑戦が散発的に行われるにとどまった。
第二次世界大戦後には国有企業となりながらも、1940年代末期からアルピーヌやゴルディーニなどのチューナーを通じ、ル・マン24時間レースやラリーなどに積極的に参戦した。1973年に、それまでルノーの準ワークスチーム的存在であったアルピーヌを買収してモータースポーツ関連子会社のルノー・スポールを設立。以来、F1、ル・マン24時間レースなどの耐久レース、ラリーなどさまざまなカテゴリーで活躍を繰り広げ、1978年にはル・マン24時間レース、2005年と2006年には2年連続でF1のコンストラクターズとドライバーズの両タイトルを獲得するなどしている。
自社チームによりレースに参戦するだけではなく、ワンメイクレースの開催やフォーミュラ・ルノーなど若手レーシングドライバーの育成プログラムの充実などを通じてモータースポーツの振興にも力を入れている。
1977年にはFIAフォーミュラ1世界選手権に、史上初の1.5ℓV6ターボチャージャーエンジンを搭載した車体でフルコンストラクター(車体もエンジンも自社で製作するチーム)として参入した。
当初は苦戦するものの、まもなく高い戦闘力を発揮し数々の勝利を挙げた。1980年代中盤までルノーチームとして参戦したあと、1989年から1997年までエンジンサプライヤーとして、2002年以降は再びフルコンストラクターのルノーチームとして参戦し、さらに複数のチームにもエンジンを供給している。
これら3期いずれも強豪の一角に名を連ねたが、参戦のたびにターボエンジン、ニューマチックバルブ、低重心広角エンジンといった革新性のある技術コンセプトを投入しており、単なる強豪にとどまらない影響を及ぼしている存在でもある。
長らく低迷していたベネトンチームを買収して誕生したルノーチームだが、この再建をも果たし、特に2005年以降はチャンピオンタイトルを争い、フェラーリやマクラーレンといったライバルを凌駕し、2005年と2006年の2年連続でコンストラクター(製造者)部門とドライバー部門(フェルナンド・アロンソ)の両タイトルを獲得した。
ラリーで大衆車ベースとして投入される1960年代よりドーフィン、4、以降の世界ラリー選手権時代に入るまでは8、12、17をゴルディーニ仕様として投入、1972年、Gr.4マシンであるアルピーヌ・A110の投入、ジャン=クロード・アンドリューの活躍により、ライバルのポルシェはフェードアウト気味であったがフィアット、ランチア、フォード、BMCを凌駕。1973年WRCマニュファクチャラーズタイトルを獲得する。以降、選手権が再開され、ランチア・ストラトスが席巻するようになってからはA310の熟成に時間を費やし、下のグループで走らせていた5をアルピーヌ仕様へ進化させ、80年代のグループB時代に入り5ターボマキシへと進化していくとFF車使いでもあるジャン・ラニョッティ、ブルーノ・サビーらの活躍により激しいトップ〜中堅争いを繰り広げる。それが過ぎ90年代に入るまでにはルノー・クリオを投入する。
1970年代後半のERAヨーロッパラリークロス選手権にもA110は投入され、ヴィック・クォイトフが駆り、並居るポルシェ・911と中堅争いを繰り広げている。
フランスの自動車会社の例に漏れず古くから広告に力を入れていることで知られており、グローバル担当広告代理店であるパブリシスとの長年の関係のもと、1972年の5(サンク)のデビュー時の広告キャンペーンなど、広告史に残る有名な広告をいくつも世に送り出している。
マスタードイエローと呼ばれる濃い黄色をコーポレートカラーにしており、ロゴマークの背景色となっているほか、モータースポーツに参戦する際などはこの色を基調に白もしくは黒を組み合わせるのが基本である。
2006年ころにドイツの広告代理店により制作され、ドイツをはじめとする複数の国で放映されたテレビCM(日本においてもルノー・ジャポンのウェブサイト上で公開された)には、ルノー車の安全性をアピールするために以下に示すような奇抜な内容のものがあった。
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ルノー・カングー
カングー(Kangoo) は、フランスの自動車製造会社、ルノーが1997年から生産する小型フルゴネット又は小型MPVである。生産はフランスにあるモブージュ工場が担当する。
古くは1960年代に開発された「4F(キャトル・フルゴネット)」を端とする、荷室拡大型小型貨物車であるエクスプレス()の後継車として開発された。
ルノー・エクスプレスは、ベースモデルとなるルノー・シュペール5に大きな箱をつなげたような形状のフルゴネットで、一応貨客兼用グレードも設定されていた。しかし、ルノーはフルゴネットにもとより備わる、ユーティリティービークルとしての資質を大きく伸ばすべく、スムーズなハイルーフによる見栄えの向上と、両側リアスライドドアによる4ドア化(貨物仕様にはリアドアなしの2ドアもある)、セニックで評判を得た後部座席独立シート、充実した室内装備などによりカングーの完全乗用車化を果たし、純貨物用である「カングー・エクスプレス」(Kangoo Express, KEX)とともに1997年に発表した。
当初は乗用モデルの「カングー」と商用モデルの「カングー・エクスプレス」は半々の売り上げであったが、次第にその使い勝手が評価されるようになり、乗用カングーの売り上げが増え、あっという間にヨーロッパで大きなセールスとなった。その広い室内空間と高い機能性から、ヨーロッパでは「ルドスパス(遊びの空間)」(ラテン語で「遊び」を意味する「LUDOS」と、フランス語で「空間」を意味する「ESPACE」を組み合わせた造語)と呼ばれ親しまれている。
ヨーロッパの各メーカーもカングーに追従したモデル(/シトロエン・ベルランゴ、、フィアット・ドブロ、VW・キャディー III、/など)を発表することとなり、またこれに対応してカングーも2003年と2005年に内外装のマイナーチェンジや室内装備の充実を進め、ロングセラーとなった。
2007年に新型である「カングー2」が発表されたが、居住性・積載性・安全性の向上を目的として車体寸法が拡大され、それに併せて価格も上がったことなどから、多くの市場ではしばらくの間「カングー1」が併売された。
長らくプラットフォームに初代クリオ(クリオ1)のものを使用していたが、カングー2ではひとクラス上のメガーヌ2のものが使用されることになり、車体寸法が大幅に拡大、ホイールベースも約100mm長い2,697mmとなり、キャビンスペースも拡大した。
2012年4月には、2010年4月にドイツのダイムラーAGと業務提携したことによるアライアンスの成果として、メルセデス・ベンツが同車をベースに開発した小型商用車シタンを発表。同年秋に発売を開始した。
日本市場においては「カングー1」「カングー2」ともルノー・ジャポン全体の年間販売台数の35%以上を占めている。
1997年に登場した 「カングー1」は、背の高い荷室や荷室上、運転席上のストレージスペース、並みの貨物車とは次元の異なる直進安定性、ロードホールディング、ハンドリング、優れた乗り心地(日本の商用車とはシャシ性能に対する優先順位や要求水準が異なるが、当時のルノーとしては標準的)などが高い評価を受け、人気モデルとなった。また、ABSを標準で装備するほか、4つのエアバッグを標準装備し、ヨーロッパの衝突安全テスト「ユーロNCAP」において4つ星の評価である。
このような人気を受け、フランス国内のみならず、ヨーロッパ諸国やアフリカ諸国、日本やマレーシア、シンガポールなどのアジア諸国、オーストラリアやニューカレドニアなどの太平洋諸国でも販売されている。また、マレーシアのタンチョンの子会社である「TCユーロカーズ」でノックダウン生産されており、近隣諸国へ輸出されている。
2002年3月 - 本国登場から遅れること約4年後に、人も荷物も余裕を持って搭載することのできる小型MPVとしてルノー・ジャポン株式会社(RENAULT JAPON K.K.)より発売。
当初は1.4LガソリンのK7Jエンジンに4速ATを組み合わせ、跳ね上げ式の「ハッチバックドア」を採用したモデルのみが導入された。
2003年8月 - マイナーチェンジ。
新デザインのフロントマスクをもった仕様が導入され、1.6L DOHC K4Mエンジンと4速プロアクティブATが搭載されたモデルとなった。さらに観音開きタイプの「ダブルバックドア」のタイプも選択できるようになった。その後「ハッチバックドア」は正規輸入が中止され、「ダブルバックドア」のみの設定となっていた。
2004年11月 - ダブルバックドアに5MTを組み合わせたモデルも導入が開始された。
MT車の販売比率は平均20%前後で推移し、多い時は30%を占めることもあった。
2006年 - マイナーチェンジ
「ジェネレーション2006」ではフロントグリルのデザインが変更され、内装の質感を向上させたほか、後部座席にトレイがつくなどさらなる装備の充実が図られている。日本初公開の場として2005年10月に開催された東京モーターショーが選ばれた。
2007年 - 装備を簡略化したオーセンティックも導入された。
拡大された車室を与えられたことによる居住性・使い勝手と多彩なシートアレンジが特長で、輸入車としては低価格と充実した装備も相俟って、この種の輸入車としては異例の月100台以上が販売されたことも多く、正規輸入台数は累計9000台(2009年9月時点)であった。また、その車室の広さや使い勝手の良さからレクリエーショナル・ビークル(RV)としても使用され、またキャンピングカーへの架装素材としても人気が高い。
日本における購入層は「30代のヤングファミリー」が9割以上を占めていた。
駆動方式は前輪駆動(FF)で、1.0Lと1.2L、1.4L、1.6LDOHCのガソリンエンジン、LPガス・ガソリン切り替えLPG自動車、1.5Lと1.9Lディーゼルエンジン、及びターボディーゼルエンジンを搭載するモデルが発売されている。トランスミッションは4速ATと、5速MTの2タイプが用意される。
この時代、フランスではLPG自動車ブームが起こり、年率500%の伸びを示していたこともあり、フランスの自動車メーカー各社は全ラインナップにLPG車をラインで生産し用意し、他の欧州メーカーや日本車もフランス向けにはLPG仕様を投入することとなる。他のルノー車同様、カングーにもLPガス・ガソリン切り替え式のバイフューエル仕様が用意されていた。2009年からは、メーカーオプションでLPG自動車に仕立てている。
ヨーロッパ市場などでは四輪駆動や荷室部分を延長した「マキシ」、また、スウェーデンではピックアップトラックが用意される他、マレーシアなどでは3列7人乗りも用意されている。バックドアは、跳ね上げ式の「ハッチバックドア」と、観音開きの「ダブルバックドア」の2タイプを選択できる。
2002年から、フランス国内のテレビCMでは、イギリスの人気キャラクターの「ウォレスとグルミット」が登場しており人気を博していた。また、「ウォレスとグルミットバージョン」の限定車も発売されていた。
乗用モデルの「カングー」と商用モデルの「カングー・エクスプレス」が存在するが、日本では乗用モデルのみが販売されている。また、4輪駆動(5速MTのみ)も設定されているが日本市場には導入されていない。なお、SVE社製でカングーベースの電気自動車「Cleanova II」を、フランスの郵便局が配達用に導入する予定である。
高い室内高と良好な後部アクセス性を生かした車椅子対応バージョンがヨーロッパ市場等で販売されている。またこのタイプの車種では珍しく、パノラミックサンルーフをオプションで選ぶことができる。
2007年に新型である「カングーII」が発表された。パーキングブレーキレバーのグリップは車軸方向でスバル・アルシオーネにも似た特徴的な形状となっているが、これは1日数百回も操作するフランスの郵便局員たちの協力を得て開発している。
2016年1月20日には、2007年からの累計生産台数が100万台を達成した。尚、記念すべき100万台目は日本仕様である。
カングー1において、4から5人乗車の場合は空間のゆとりが少なくなるため、室内空間の拡大がユーザーから要望されていたことや、後発のライバル車種が満たしていた欧州規格1200×800mmのパレット積載ができない欠点を克服するため、居住性・積載性・衝突安全性などの向上を目的として、横幅を中心に大型化されたほか、各種装備の内容が向上した。これに伴い、プラットフォームは2代目クリオベースのものからメガーヌと同じCプラットフォームに変更された。これらの影響で価格が上がった地域もあり、多くの市場ではしばらくの間「カングー1」が併売される予定である。
2代目から車名の文字体が小文字の「Kangoo」から一部の大文字の「KanGoo」に変更され、今回のモデルチェンジを機にホイールが4穴からPCD108の5穴に変更されている。
エンジンは105PSを発生する1.6L・DOHCのK4M型をはじめとしてK9K型(1.5L・直噴ディーゼル)を含め計5種を用意。
乗用モデルの「カングー」と商用モデルの「カングー・エクスプレス(一部地域での名称は「カングー・バン」)」が用意されるが、前者には全長とホイールベースを380mm短縮し、ルーフ後端を開閉式、バックドアを横開きとした「カングー・ビボップ」(BE BOP 、2011年12月生産終了)、後者には全長・ホイールベース/全高をそれぞれ380mm/100mm延長した「マキシ」(MAXI)と全長・ホイールベースを380mm短縮した「コンパクト」も用意される。
2009年9月1日 - 日本向けのフルモデルチェンジを発表、同年9月11日に発売。
ボディサイズは全長4,215x全幅1,830x全高1,830mmと大型化し、日本におけるナンバー登録は全幅が1,700mmを超えたことで従来の5ナンバーから3ナンバーに変更となった。このことから愛好家の一部からは「デカングー」の愛称でも呼ばれている。エンジンは105PSを発生する1,6L・DOHCのK4Mエンジン搭載車のみ、トランスミッションは4速ATと5速MTの2つを設定、ボディカラーは標準色6色・注文生産色6色の計12色を用意。後部ドアは観音開きタイプの「ダブルバックドア」仕様のみとなる。日本仕様の大きな特徴として、日本の保安基準に配慮し、助手席側フェンダー上にサイドアンダーミラーを装着している。最小回転半径がカングー1は5.2mだったが、新型カングーは5.1mに改善された。引き続き設定されたマニュアル車の比率は当初15%程度と予想されていたが、実績は30%程度と予想を上回る需要がある。
2011年9月1日 - マイナーチェンジ(発売は同月7日より)。
カラードサイドモール(ジョン・アグリュムのみブラック)とシルバー色のアウタードアハンドルを新採用。また、ダークカーボンの内装色、ライトグレーのシート地とし、質感の向上を図った。同時に「ブルー・エトワール・メタリック」と「マロン・ショコラ・メタリック」の新色2色を加え、計10色とした。
2012年3月29日 - 上級グレード「IMAGE(イマージュ)」を発表。
ビボップのフロントバンパーとヘッドライトを採用するとともに、本皮革ステアリングや専用シート、専用15インチアルミホイール、ESP等も装備。ボディカラーは全5色。4ATのみの設定。
2013年8月26日 - マイナーチェンジ。合わせて「イマージュ」と「5MTモデル」の販売終了。
フロントまわりをローレンス・ヴァン・デン・アッカーが手掛け、4代目ルーテシア同様、CIマークを大型化し、グリルが横一文字にヘッドライト間を横断するデザインに刷新。グレード体系を見直し、ベーシックな「アクティフ」とカラードバンパーやフォグランプ、本皮革ステアリング、オートエアコン、オートライト、オートワイパーなどを装備した「ゼン」の2種とした。基本メカニズムに変更はないが、5MTがラインナップから外れ、全車、マニュアルモード付プロアクティブ4ATのみとなった。発売は同月29日から。
2014年1月17日 - 顧客から要望の多かったMTモデルが復活。
「アクティフ」に5MTを追加し、翌2月7日から販売を開始する。日本市場においては前回の改良から半年足らずでのMT車復活となった。
2014年5月15日 - ターボモデル追加。
「ゼン」に1.2L直噴ターボエンジン「H5F」+6MT搭載モデルを追加。4ATとの外見上の違いはないが、ストップ&スタート機能、ECOスイッチ、エクステンディッドグリップなどの専用装備を組み合わせる。カングーで6速MT車が設定されるのは初めてである。また、日本で発売されるカングーでは初めてのターボ車でもある。
2016年6月 - EDC車を設定。ATが大半を占める日本市場の特殊性と同市場における安定した人気の高さに応える形で開発・搭載した。
2010年5月10日 - ルノージャポン公式サイト上で今夏、日本でも発売することを発表。
2010年6月17日 - プレス向けに日本仕様を公開。
2010年7月15日 - 導入概要が正式に発表され、日本発売記念特別モデル(オランジェ・エタンセル(橙)/グリ・シデラル、ブラン・グラシエ(白)/グリ・シデラル各色15台限定、計30台、価格234.8万円)の予約受付を開始する。エンジンはベースのカングーと同じ1.6LのK4Mであるが、組み合わされるトランスミッションは5MTのみでATはない。その理由はビボップのシャシが商用車のエクスプレスと共用ゆえ物理的にATを搭載できないからである。尚、本モデルの発売はフランスと日本のみである。
2010年9月9日 - 通常モデルの販売開始。
2011年12月 - 販売を終了。
日本市場においては幾度となく特別仕様車が設定され、中には日本市場専用設定色もある。
以下、特別仕様車についての詳細を記述する。
2010年6月3日 - 特別仕様車「クルール」を設定し、台数限定で発売。
「クルール」は、その名前(クルール=フランス語で“色”)が示すように、ボディカラーが特徴。目下レギュラーで展開している5色とオーダーカラーの6色にはない、「オランジュ・プロヴァンス」(橙)、「ベール・パリ」(緑)、「ブルー・フランス」(青)のソリッドな3色を用意し、サイドミラーは黒塗装(ただしメタリックカラー)で、バンパーはウレタンの素地(黒)になるなど、欧州の実用車らしいプレーンな佇まいとなった(この2アイテムはその後の同シリーズにも引き継がれる)。各色30台、合計90台限定販売。
2011年7月1日 - 昨年に引き続き特別仕様車「クルール」を設定(販売は同月9日より)。
ボディカラーはかつてのルノーの名車「5」の純正色「ブルークレールメタリック」(青)、「オランジュアンダルー」(橙)、「ベールジャルダン」(緑)に加え、今回初登場の「ローズ」(ピンク)を加えた計4色とした(いずれも日本市場限定色)。シートをライトグレーに、インテリア各部をダークグレーでコーディネイト。販売台数はローズのみ30台で、その他は各90台限定となる。
2012年5月17日 - 一昨年、昨年に引き続き特別仕様車「クルール」を設定。
3度目となる今回のテーマは「フレンチレトロ」。60年代に設定されたルノー車のカラーリングから南フランスをイメージした3色が選ばれ、設定された(キャトルに設定された「ベージュ カマルグ」、エクスプレスに設定された「ブルーエクスプレス」、キャトルCVに使われた「ヴェール パステル」の3種)。
2012年11月26日 - イマージュをベースに「Carrement Chocolat(キャレマン・ショコラ、フランス語で「チョコレート尽くし」の意)」とのコラボレーションによる特別仕様「ショコラ」を発売。
ボディ色をマロンショコラメタリックのみとし、内外装をショコラ色でコーディネイト。パイオニア製SDナビゲーションシステムも特別装備。価格はベース車と同じ244.8万円。同年12月25日までの期間限定30台のみの販売となる。
2013年2月22日 - 特別仕様車「クルール」を発表。
4期目となる今回は「毎日に花を」をテーマに青色の「カルム ブルー」、紫色の「タンタシオン ヴィオレ」、黄色の「クラージュ ジョン」の鮮やかな3色を設定。全て日本市場限定色となる。各色60台限定。
2013年6月25日 - カングー1にも設定されたオーセンティックが300台限定で導入された。
オーセンティックは、ブラックバンパー、ブラックサイドプロテクションモール、ブラックドアミラー、ブラックドアハンドル、ブラック・リアコンビランプ・ガーニッシュ、マニュアルエアコン、ダークカーボン内装を採用する他、シート生地が新デザインとなる。
2014年8月29日 - カングー2として初めてサンルーフを装着した「コンフィチュール」を発表。ボディカラーは、過去にはカタログにあった、「ルージュパボ(ラズベリー)」と「ブルーボルガ(カシス)」。コンフィチュールはフランス語で「ジャム」の意。
2014年10月23日 - 「ZEN(AT)」をベースとした「ペイサージュ」を発表。
シャンパーニュ地方にちなんだブドウの葉をイメージした「ヴェール カクトゥス M(緑色)」、菜の花をイメージした「ジョン シトロン(黄色)」、わずかにくすんだ空の色をイメージした「ブルー アルジョン M(青色)」3色を用意し、シルバー/ブラックのフロントバンパー、ブラックリアバンパー、シルバードアミラー、プライバシーガラス、フロントシートバックテーブル、可倒式助手席を特別装備している。尚、ペイサージュとはフランス語で「風景」を指す。
2015年6月4日 - 昨年に引き続き、「ペイサージュ」を発表。
今回は、「南仏プロヴァンス地方に広がるオレンジ色の家並み」をイメージした「オランジュ エタンセル」1色のみの設定。主装備内容は前回と同じである。今回はATに加え、6MT搭載の1.2Lターボもラインナップされる(AT:60台、MT:40台)。
2015年8月26日 - 「ZEN」をベースとした特別仕様車「ラ・ポスト(LA POSTE)」を発表、同日に文京区の本郷郵便局にて発表会を行った(計150台。内訳は1.6L・4AT:90台、1.2L直噴ターボ・6MT:60台)。
フランス郵政公社(ラ・ポスト)で実際に使用されているカングーの黄色い郵便車がモチーフ。現地仕様のラ・ポストと同じ可倒式助手席、シルバー&ブラックバンパー、シルバードアミラー、プライバシーガラス、塗装色は「ジョン・ラ・ポスト」のみ。尚、同色がフランス国以外で採用されるのは初。
2015年10月22日 - 2013年以来となる「クルール」を設定。
5回目の今回は「フランスが香る色」をテーマにローズマリーをイメージした「ブルー・アンサンシエ」(青、60台限定で、内訳はATが40台、MTが20台)、「ヴェール・ロマラン」(緑、100台限定でAT70台、MTが30台)の2色を設定。
2016年7月21日 - 「ZEN」に6速EDCを追加。同時にラインナップを見直し、「ZEN」は1.6L・4AT、1.2L・6EDCと同・6MTの3種、「ACTIF」は1.2L・6MTの1種の計4種となった。新たに加わった6EDCはルーテシアやキャプチャーに既に搭載済のものと基本は同じであるが、重量増に伴って最終減速比が変更されている。また、H5F型1.2Lターボエンジンも低速域を重視してルーテシア比で最大トルクが20.9㎏mから19.4kgmへ、最高出力が118PSから115PSへと変更されている。
2017年2月23日 - 2015年以来、1年ぶりに「クルール」を設定。
6回目の今回は1.2Lターボの「ZEN」をベースに、マルセイユの青い海をイメージした「Bleu Marseille(ブルー マルセイユ)」のみを設定(MT、EDCの計100台限定)。
2017年3月30日 - 2016年12月にルノー・ジャポンとイオンペットの協業を記念した「Renault KANGOO With Pet(ルノー カングー ウィズ ペット)」を発表。「ZEN」ATをベースに、「専用シートカバー」や「わんタッチドッグラン」など11つのアイテムを装備。限定20台(ジョン アグリュム(黄)/ブルー エトワールM(青)の各10台)のみであるが、販売方法は先着順ではなく、2017年3月30日 - 4月17日まで商談を受け付け、商談希望者多数の場合は抽選となる。
2017年5月14日 - ロクシタンと共同開発した特別仕様車「アン プロヴァンス」を発表(発売開始は同年6月8日)。「ZEN」のEDCをベースに70台限定。外装は専用色である「オランジュ エタンセル M」のみとし、シルバー&ブラックフロントバンパー、ブラックリアバンパー、シルバードアミラー、専用CABANA製シートカバーを装備。加えて、専用オプションとして「クラシックアロイホイール」も用意。
また、成約者全員にロクシタンが監修した「ヴァーベナドライビングキット」をプレゼントした。
2017年6月8日 - 特別仕様車「「オーセンティック」を発売。「ACTIF」の6MTをベースに、価格はそのままにクラシックアロイホイール(ホワイト)とマルチルーフレールを追加。外装色は「グリ メタン」と「ブラン ミネラル」の2種。60台限定。
2018年7月5日 - カングー誕生20周年記念として、「ZEN」のEDC車(この時点で標準モデルが「ZEN」のみとなったため、以降のベース車両はすべて「ZEN」の6MTもしくはEDC)をベースにフランス語で「20周年」を意味する「20ans(ヴァンタン)」を発表(日本市場は200台限定)。同日-同月16日まで予約を受け付け、200台を超える申し込みがあった場合は抽選販売となる。
日本独自のカングーの祭典「カングージャンボリー」にインスピレーションを受けて企画された「20ans」は特別装備として「ルージュ パボ マイカ」の専用外装色、車体グラフィックを幾何学的にプリントしたシート生地、ボディ同色ドアミラー、サイドプロテクションモール、専用デカール、フロントフォグランプのシルバートリム、専用デザインのホイールカバー、マルチルーフレール等が奢られる。
2018年11月1日 - 「プラティーク」を発売(限定、EDC:160台)。専用色「グリ メタン」に、シルバー&ブラックフロントバンパー、ブラックリアバンパー、ブラックセンターキャップ&ホイールボルトカバー、フォーカルのサウンドシステムを装備。
2019年2月28日 - 「クルール」を発売(限定、EDC:200台)。今回のテーマは「イースター」で、その象徴である卵をイメージした車体色「イヴォアール」を採用、ブラックバンパー、専用ファブリックシートも採用する。
2019年5月10日 - 「エスカパード」を発売(限定、EDC:200台)。車体色に「マロン ショコラ」を採用し、専用ファブリックシートや「20ans」と同デザインのホイールカバー、専用デカール、シルバープレートなどを装備。
2019年6月7日 - 「クルール」を発売(限定、EDC:200台)。フランスのリゾート地「サントロペ」をイメージした「ブルー ドラジェ」を外装色に採用し、ブラックバンパー、ブラックドアミラーを装備。
2019年9月12日 - 「クルール」を発売(限定、EDC:200台)。フランス中部リモージュ地方にある、「フランスの最も美しい村」発祥の地 コロンジュ・ラ・ルージュの街並みを彩るオレンジをイメージした「オランジュ コロンジュ」を外装色に採用し、ブラックバンパー、ブラックドアミラーも採用。尚、同年内に3度クルールを発表したのは今回が初である。
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2019年11月7日 - 「エヴァジヨン」を発売(限定、EDC:100台)。フランス流の休日の過ごし方をテーマに、フランスの豊かな緑をイメージしたボディカラー「ヴェール ジャッド」を採用。また、ブラック&シルバーフロントバンパー、フロアカーペットの豪華さとラバーマットの防水性をあわせ持つデュアルカーペットを装備。
2020年2月6日 - 「クルール」を発売(限定、EDC:200台)。車体色にハーブやグリーンをふんだんに使ったフランスのブーケ「シャンペトルブーケ」をモチーフにした「ヴェール シャンペトル」を採用し、ブラックバンパー、ブラックドアミラーも採用。
2020年3月5日 - 「ペイサージュ」を発売(限定、EDC:200台)。コルシカ島の景勝地「ボニファシオ」の「象牙色の断崖」をイメージした白色「イヴォワール」を採用し、ブラック&シルバーフロントバンパーやブラックリアバンパーも装着される。
2020年5月21日 - 「クルール」を発売(限定、EDC:200台)。車体色には“働くクルマ”としてフランスの街並みに溶け込むプロユースのカングーをモチーフとした「グリ アーバン」を採用し、ブラックバンパー、ブラックドアミラーも採用。
2020年9月8日 - 「ラ・ポスト(LA POSTE)」を5年ぶりに発表(限定200台)。専用車体色である「ジョン ラ・ポスト」も含め、前回とほぼ同じ装備内容だが、前後バンパーのシルバー加飾が付かない。br同時に、「アシエ(ACIER)」(フランス語で”鋼”を意味する)も発表(限定100台)。濃いグレーの専用カラーのグリ アーバンに加えて、ブラックバンパー、スチールホイールなどタフなイメージに仕立てた。br両仕様ともに同年9月10日-同13日までの期間限定申し込みとなり、申込数が限定数を上回った場合は抽選販売となる。ともにEDCと6MTから選択が可能。
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| 車種 | エンジン | タイヤ | 燃費 | 中古車 | 評価•レビュー | ボディサイズ | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
カングー
イマージュ
2012年03月から 2013年07月 2,331,429円 ハッチバック |
エンジン:
直列4気筒DOHC 排気量: 1598cc 型式: ABA-KWK4M 馬力: 105ps トルク: 148(15.1)/3750 ミッション: 4AT |
前輪:
195/65R15 後輪: 195/65R15 駆動: FF 最小回転: -m タイヤサイズ |
燃費(JC08):
- 燃費(10•15): -km/L 燃料: ハイオク 実燃費: 7.99から 15.04 |
89万円から
158万円 9台 買取価格相場 車を売る |
外観:
4.32点 内観: 3.6点 スペック: 4.09点 エンジン: 3.34点 乗り心地: 4.35点 燃費: 2.88点 価格: 3.88点 |
高さ:
1810 車幅: 1830 全長: 4255 定員: 5人 |
|
カングー
ナビライン
2012年01月から 2012年07月 2,331,429円 ハッチバック |
エンジン:
直列4気筒DOHC 排気量: 1598cc 型式: ABA-KWK4M 馬力: 105ps トルク: 148(15.1)/3750 ミッション: 4AT |
前輪:
195/65R15 後輪: 195/65R15 駆動: FF 最小回転: -m タイヤサイズ |
燃費(JC08):
- 燃費(10•15): -km/L 燃料: ハイオク 実燃費: 7.99から 15.04 |
48万円から
96万円 7台 買取価格相場 車を売る |
外観:
4.32点 内観: 3.6点 スペック: 4.09点 エンジン: 3.34点 乗り心地: 4.35点 燃費: 2.88点 価格: 3.88点 |
高さ:
1830 車幅: 1830 全長: 4215 定員: 5人 |
販売期間:2012年01月から2012年07月
179件のルノーカングーの中古車
ルノーカングーの最新情報まとめ
新車情報、モータースポーツ、イベント情報など車・バイクで知りたいことがあれば、こちらから検索してみてください。
ルノー、新型カングー+キャプチャーを「フレブルLIVE」に展示
2025-10-22 114
GO OUT CAMP vol.21に、 カングーオーナー専用キャンプサイトを開設
2025-08-08 182
【ルノー新型カングー】マイナーチェンジ「新装備採用&グレード集約!」2025年7月24日日本発売!
2025-07-24 175
ルノー カングー ジャンボリー、春開催で1289台が集結
2025-05-16 136
ルノー・カングー、地中海のオレンジをイメージした限定車
2025-05-12 176
【新型カングー】2024年「ロング版!グランカングー」日本発売!最新情報、サイズ、価格は?
2023-10-19 116
ルノーとアルピーヌがパリMSで6車種を公開予定!ルノーは「4」「カングー」のエレクトリック版、アルピーヌは「新たなステージ」を示唆するニューモデル
2022-09-11 178
メルセデス・ベンツが新型ミニバン「シタン」発表!価格は日本円で308万円〜、ライフスタイルにあわせていろいろな使い方ができそうだ
2021-08-26 213
メルセデス・ベンツが「EQTコンセプト」発表!ルノー・カングーと車体を共有し、しかし「アクティブなライフスタイルを持つ若者へ」向けた新形EV
2021-05-10 218
『ルノー・カングー』に南仏の空と海を想起させる、おなじみの限定車が登場
2020-11-24 163
ルノー「カングー キャンプ2020」を10月に千葉で開催
あまりにもカラフル! ルノー カングーはなぜいつも自由過ぎる限定カラーを出すのか?
ルノー フランスの郵便車をイメージした復刻・限定カラーモデル「カングー ラ・ポスト」発売
ベンツ顔のカングー!? バカ売れの予感しかしない「メルセデス・ベンツ シタン」はなぜ日本に来ない!?
ルノー 働くクルマの限定車「カングー クルール」を発売
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プロユースのお洒落なバン「ルノー カングー クルール」全国200台限定で発売
ルノー 働くクルマの限定車「カングー クルール」を発売
ルノー 「ルノー カングー ジャンボリー」をYouTubeオンラインで開催
ルノー 新型コロナウイルスの影響で「ルノー カングー ジャンボリー」開催時期を変更
ルノー コルシカ島をイメージした限定車「カングー ペイザージュ」発売
フランスの風景をテーマにした限定車第4弾!ルノー カングー ペイザージュ 限定200台で販売開始
地中海コルシカ島をイメージした『ルノー・カングー ペイサージュ』が200台限定で登場
2020-02-21 154
インスタ投稿で”映え”確実! なシャンペトルブーケをもらっちゃおう!
ルノー 限定車カングー クルール第12弾が登場|春を先取りするブーケのグリーンが爽やか
外遊びに出掛けたくなる、鮮やかなグリーンの『ルノー・カングー エヴァジヨン』登場
2019-11-15 194
家族や仲間と楽しくドライブ!|ルノー 限定車 カングー エヴァジヨン発売
ルノー 限定車「カングー エヴァジヨン」発売
ルノー 限定車カングー クルール第11弾が登場|テーマはフランスの最も美しい村
【ルノー新型カングー最新情報】2020年フルモデルチェンジ!EV/PHEVや7人乗り、サイズ、燃費、発売日、価格は?
2019-07-06 277
ルノー カングー限定車がアート作品になって登場|横浜フランス月間2019
ルノー 限定車カングー クルール第10弾が登場|テーマは南仏ヴァカンスの空と海
ルノー 限定車「カングー クルール」発売
ルノー 仏スポーツブランド「ルコックスポルティフ」とコラボしたカングーを展示
“息抜き”を意味する『ルノー・カングー・エスカパード』が限定200台で登場
2019-05-16 269
一部カラーはすでに完売!? ルノー カングー ミニチュアカーの先行発売を実施!
ルノー カングーに限定モデル「エスカパード」が登場|限定200台
ルノー カングー 初代モデルのミニチュアカーが登場
ルノー・カングーでおなじみのカラー限定車第9弾はイースターエッグをイメージ
2019-03-12 137
ルノー、カングー クルール限定発売
2019-03-01 147
ルノー「カングー」に特別モデルが登場|限定200台
カングーはスポーツカーだった
2019-01-25 140
自分流スタイルを演出する『ルノー・カングー プラティーク』が160台限定で登場
2018-11-16 247
ルノー、世界で1台だけの特別なカングーを有名ショコラ工房「ル・ショコラ・アラン・デュカス」へ贈呈
2018-11-12 66
ルノー『カングー プラティーク』を限定販売
2018-11-01 343
第1回カングーキャンプ開催、フレンチスタイルBBQを堪能
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2018-08-14 96
生誕20周年記念の『ルノー・カングー・ヴァンタン』、限定200台を抽選販売
2018-07-06 201
バイクに変形するロボット「CanguRo/カングーロ」千葉工業大が発表!
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新緑と青空をイメージした2色、おなじみ『ルノー・カングー・クルール』が登場
2018-05-29 126
愛犬家のための車! ルノー カングーの魅力
2018-04-05 169
愛するペットと毎日お出かけ日和、『ルノー・カングー ウィズ ペット』が登場
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ルノー・ジャポン、限定車の「カングー・ウィズペット」発売
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テント付き!ルノー カングー ラ・タント・イレーズ コラボ 限定60台 価格274万円
1.2Lターボ+6MT+OZ製ホイール!ルノー カングーS MT 限定60台 価格247万円
6MTの限定車!ルノー新型「カングー オーセンティック 6MT」価格235万円
2017-06-09 323
ロクシタンとコラボ!ルノー「カングー アン プロヴァン」70台限定日本発売
ルノー新車登録台数新記録更新!ルノーの立役者、カングーとはどんな車?
2017-04-12 126
ペットと一緒にでかけるクルマ!ルノー「カングー ウィズ ペット」20台限定 日本発売
ルノー・ジャポン、東京エクセレンス「プロバスケットゲーム招待チケット進呈キャンペーン」を実施中
2017-03-05 216