レーサーレプリカを生み出すきっかけの1台 1970年代、オイルショックと米国の「マスキー法」による環境規制から2ストロークの存亡が脅かされていた。2ストローク技術を創業時から一貫して育んできたヤマハは、「最後の2ストローク」になるという想いと覚悟を胸に集大成モデルの開発を始める。 79年、東京モーターショーで「究極のロードスポーツ」と称しRZ250が発表されると、そのセンセーショナルなモデルはライダー達の心を掴んだ。圧倒的な市販化を支持する声に応えるべく、翌年8月、市販化をスタートさせた。 当時はレーサーレプリカという言葉は使われてなかったが、RZは市販レーサーTZ250の公道バージョンと言えるモデル。レーシングパーツすらも組み込みが可能だったほど「TZレプリカ」だった。 そんなモデルのデビューはあまりにも鮮烈だった。当時、富士スピードウェイでおこなった本誌テストによるとRZ250は...

2019-01-12 13:00 73
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